金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第30回

物件を借りた途端に突貫工事が始まった。

居酒屋は料理担当のスタッフとHさんに
任せて僕とAさんは工事に専念する事に
なった。
それに合わせて日曜日に開催していた
『らーめんデイ』はなくなった。

その辺りからAさんは本格的に
今までのAさんではなくなってきた。

僕がAさんに魅力を感じて
居酒屋に通っていた頃のAさんは、
常に元気で明るくて
スカッとしたいい男だった。
もちろん僕が過大評価を
していたのかも知れない。
中には最初からAさんを
警戒している人もいた事は確かだ。
それでもAさんは明らかに変わった。

簡単に言うと、尊大になった。

三階建のビルを借りた、
という事を自分の武勇伝にし始めた。

時にはビルの屋上に登って、
「俺の街かー!」
等と叫んだりしていた。
まだ何も始まっていない。
工事も始まったばかりだ。
決して商売に成功したわけではない。
物件を借りただけなのだ。
それでもAさんは
『俺は凄い経営者なんだ』
と思っている様子だった。

Aさんは物件を借りた事で自分の
虚栄心を満たそうとしていた。

その頃にはお客さんからの苦情が
より多くなり、居酒屋はおかしな
評判も立つようになってきた。

僕は正直なところ、
そんな苦情もバカバカしいと思っていた。

ただ、一生懸命働いているHさんや
他のスタッフの事を思うと
怒りがこみあげてきた。

この時点で一人の人間として
Aさんの事は嫌いになっていたのだと思う。

朝九時からが工事の時間と決まっていた。
僕は毎日決まった時間にいき、
業者の方も来る。
しかしAさんはいつも
18時ごろまで来なかった。
朝まで遊んでるから
起きれないのだ。

工事の工程が決まっていて、
全て業者に任せられるなら
来なくても良かったと思う。
しかし、予算を低く抑えるため、
業者に頼む個所は最低限で後は
自分達でやると決めていた。
本人もあらゆる業者に
「24時間対応します」
なんて事を言っているのだ。
しかし、いつ電話しても連絡はつかない。

だから工事は全く進まなかった。

何をしていいか解らない状況で、
出来る事だけド素人の僕が進める。
そして夜の18時くらいにやっと
Aさんは現われる。
明らかに寝ていただけなのだが、
「俺は朝まで銀行の頭取と
資金繰りのせめぎ合いをしてんだ!
お前とは責任が違う!」
等とありもしない嘘をついて
なぜか毎日僕に当たり散らした。
そして起きたばっかしのAさんは
元気だからその時間から工事を始める。
当然、僕も付き合う。
それが夜中の3時頃まで続く。
また翌朝僕だけが9時に現場へ行く。
Aさんはまた18時まで来ない・・・。

最後はご近所から
「何時だと思ってんだよ!」
等と怒鳴りこまれる様になった。

本当にやってられなかったが、

『自分のらーめんを世に問う』

その気持ちだけで工事を進めた。
それでもどれだけ頑張っても工事は
一向に完成に向かうとは見えなかった。
手伝いに来てくれているAさんの
同級生の方がこんな事を僕に言った。

「・・・大ちゃんさ、言いたくないけど
今からでも辞めなよ。
あいつの下でやるのはもったいないよ。
大ちゃんみたいなまじめな人が損をするよ」

僕はなんと言っていいか解らず、
ただ首を横に振って苦笑いするだけだった。

そんなある日、いきなりAさんが看板に

『8月9日ラーメン屋オープン』

と書きだし、新聞広告まで出してしまった。

業者の人は「間に合うわけねぇだろ!」と
激怒したが、もう新聞広告に出したのだ。

後には引けなかった。

換気扇も専門の物がなく、
冷蔵庫も届いていない未完成の状況で
オープン前日を迎えていた。

スタッフの気持ちもバラバラで、
完成していない店の中で
僕は翌日の開店の為の仕込みを始めた。
仕込みを始めてもAさんは

「おい、大祐、
今すぐ俺の部屋に行って
椅子を取ってこい」
等の思いつきの命令を出して
現場を混乱させた。

厨房機器も寸胴も降ろしたてで、
試作も何も出来ない状況で、
明日の開店の仕込みは
終わる見込みがなかった。

僕はもう呆れと疲れでどうでも
良くなっていた。

「はぁ、もうええわ。
こんな店、どうせ潰れるやろ。
後は俺の責任ちゃうわ」

僕は完全に仕事に対して
気持ちが折れていた。

結局冷蔵庫も届かない状況で
仕込みは明け方の4時まで続いた。
そして、僕は2時間だけ寝て
朝の6時に準備開始。
もう一人のラーメン屋の
スタッフは朝の10時。

居酒屋のスタッフもAさんも手伝いに
11時に来るという段取りで解散した。
僕は一時間だけ横になって
シャワーを浴びてすぐに店に向かった。

気持ちは折れていたが、
破れかぶれの感情だけで動いていた。

仕込みはそれでも間に合わなかったが、
友人や知人や、または全く知らないお客様で
開店前からお待ちの列が出来ていた。

その時に店にいたのは、
僕とラーメン屋のスタッフと、
居酒屋の料理担当のスタッフの
三人だけだった。

開店当日にAさんは来なかった。
その前日も朝まで遊んでいたらしい。

僕たちは完全に開き直った。

換気扇も整っていなくて、
厨房の気温は50℃近かったと思う。
僕たちは頭から水を被ったように
汗をかいていた。

三人とも笑っていた。
何か面白い事があった訳じゃない。
もうどうでも良かったのだ。

どんどんと溢れかえるお客様で
店の前は混乱をし始めていた。
突貫工事の果てに店は完成しないまま
開店するのだ。
研修もオペレーションの練習も、
来るはずの冷蔵庫もなく、
こともあろうか味見すらしていなかった。

僕はもうどうでも良かったのだ。

まるで僕たちは性質の悪い毒キノコでも
食べてしまい中毒を起こしたように
笑い続けた。

「もうええやん!
俺らのせいちゃうやん!
後はどうにでもなれ!」

僕たちは設置されたばっかしの
ビールサーバーから生ビールを
ジョッキに注いで、
派手に乾杯して全員で
一気飲みをした。

開店と同時にお客様が店になだれ込み、
僕たちはやけっぱちの空元気を
だして、ただこなすだけの仕事を
祭りの様にこなした。

友人たちは「やばいよ。なにこれ?」と
心配なんだか怒りなんだかわからない
困惑の表情を浮かべて帰って行った。

初めて会うお客様は明らかに
「来て後悔した」という態度で
帰って行った。

味見すらしなかったらーめんは、
まったく味のしないらーめんだったのだ。

営業を終えた僕たちは、ガスも電気も
全て消してシャツを脱いで完全に
暑さとストレスに負けてへばっていた。

そこにやっと目覚めたAさんが
「初日お疲れ!どうだった?」

とやってきた。

僕たちは全員無言だった。

次回に続く。