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金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第49回

まずこちらの曲をどうぞ。
https://youtu.be/9bEjVuB1sd0

僕の大好きなフィッシュマンズの曲です。
もう20年も前の曲かぁ・・・。
フィッシュマンズよ、永遠なれ。

自己破産しても神奈川県で再起をする、
という選択肢もありました。
しかし僕は石川県に引っ越してくる事を
選びました。

それは「親がいる」という事が
一番の理由でした。
過去を振り返る物語の中で、
「親への仕送りが出来なくなった」
と書きました。

僕は自分自身の人生をやり直すことと、
親のこれからの生活を支える事を
同時にしていくとしたら石川県に
引っ越すしかないと思いました。

正直、神奈川県にずっといる選択も
可能だったと思います。
神奈川県は魅力的です。
とにかくらーめんのレベルが高い。
東京と近くはありますが、
神奈川県独自のカラーを持ったうえで
らーめんという一つのマニアックな
ジャンルの地域性の高い食事ではなく、
『食べ物』としてのレベルが
異様に高い。

そうしたレベルの高い地域にいて
自身を高めて勝負したい気持ちは
ありました。

しかし長く苦しかった神奈川県での
らーめん屋生活の中で全く休みも
取れず収入の上がる目処もたたず
精神と肉体が疲弊していく中で、
僕は常に
「親の死に目に会えないかも知れない」
という不安を抱え続けていました。
会社は僕に「親との縁を切れ」とまで
言ってきました。

会社の言う事を信じていた頃には
絶対に『親孝行をする』なんて
考えられませんでした。

だからいまこうして親と共に暮らし、
肉体労働で生活費を稼ぎながら、
親子三人で節約しながら暮らす毎日は、
僕にとってとても幸せです。

ここから僕はらーめん屋として
再起するために進んでいきます。
商売を起こそうとしている息子を
不安に思わない親はいません。
だからまだまだ心配をかけると
思いますが、僕は必ず成功すると
気持ちを決めて進んでいるので
迷いも不安も全くありません。

後は結果で示すだけです。

フィッシュマンズの『感謝(驚)』
の中にこんな一節があります。

慰めもなく
優しさもなく
そっと過ぎてく季節を
はしゃがないで
見守ってた
あの人に
驚きと感謝こめて
歌うだけだった
そう全部

ほんまにアホで迷惑ばっかかけてきて、
人一倍主張と人間としての灰汁だけ強い
僕の事を、見守っていてくれた全ての
皆様に、驚きと感謝をこめて、
らーめんを作れる日が来たら・・・。

この感謝(驚)シリーズは、
感謝したい人達への思いをつづる
シリーズになります。

どうぞよろしくお願いします。