読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第16回

現実は甘くなかった。

僕は六本木のど真ん中で
無力感に苛まれていた。

六本木店は全く軌道に乗らなかったのだ。

その理由は数多ある。
しかしその理由をここに書き連ねる事は、
限りなくアンフェアな事に思われる。

なぜなら、
僕の修業先は今やK県下にいくつもの支店を持ち、
別の屋号でのセカンドブランドの店も展開している。
僕の生まれ故郷の京都駅にある
らーめんミュージアム
(複数の店舗が入った商業施設)
にも出店していると聞いた。

つまり修業先は僕が抜けた後に
大成功しているのだ。

長い修業先の歴史の中では、
僕など忘れ去られた役に立たなかった存在なのだ。
これは自分を卑下しているわけではなく、
組織と言うのは大きければ大きいほど
一人の責任者がいなくなったところで
ビクともしないという事だ。

それでも僕は修業先で
過ごした時間を誇りに思っているし、
感謝している。
それとこれとは違う話なのだ。

少し話を脱線させてもらう。

僕が27歳か28歳の頃の話だったと思う。
とある会社員の知り合いと飲む機会があった。
その知り合いとはお互いにパンクロックが
好きという共通点で繋がっていた。
僕はその頃には『らーめん高はし家』の
店長として自分の腕で勝負をしていた頃だ。
その飲みの席で彼がこう言った。

「みんなさ、
サラリーマンが大変だって言ってくれるけど、
俺からしたらすげぇ楽なんだよね。
だってさ、
明日俺が風邪を引いて会社を休んでも、
俺の変わりなんていくらでもいるんだよね」

僕も若かったと思う。
そんなどこにでもある発言を笑って流せない
位に若かったんだと思う。

「・・・あのな、お前のどこがパンクやねん。
お前はパンクに何を感じて10代を過ごしてん。
俺はな、パンクにいつだって自分自身でいろ!
って教わってん。
俺の変わりは俺しか出来ないし、
俺の仕事は俺にしかできない!
代替え可能な仕事してるやつの
どこがパンクやねん!」

僕は腹が立って腹が立って、
これ以上気持ちよくお酒なんて飲めない
と思ったからそのまま家に帰った。

ただの飲み会で誰かの言ったそんな言葉に
そこまで反応する必要なんてないと思う。
僕は若かった。

若かったが、今でも思う。
20代の若い価値観は、
何一つ間違ってなんかいない。

このブログに度々登場するモトイの
若いころに言った名言がある。

「俺たちはヤンキーとかチンピラちゃう。
ただ、自己表現をしたかっただけ」

そう、僕たちはいつだって自分自身で
いたかっただけだ。

話が大きく逸れたが、
このエピソードを引きあいにだして
僕が何をつ伝えたかったかというと、

『大きな組織の中で自分自身であろうと
しても、結局は小さな存在でしかない。
それでも自分自身でいなくてはいけない』

という事だ。

だから大きな組織の中にいて無力だろうと、
自分が自分でいるための事はしなくちゃ
いけない、そういう事だ。

話を本筋に戻す前に、
修業先がどれほど大きな組織だったかを
説明しておく。

修業先は大きな株式会社の
らーめん部門だった。
らーめん部門以外に居酒屋や焼肉屋、
焼き鳥屋、もんじゃ焼屋、
カラオケボックスなどもあり、
僕が所属していた時点で
13店舗あったはずだ。
(記憶が間違いでなければ)

会社の社長と専務は夫婦で、
二人とも修業先の駅のある
町の出身だと聞いた。
話によると、二人が幼い頃のこの町は
タヌキが道を横断する様な
田舎町だったそうだ。
その愛する地元を自分たちの力で
都会にしたい!
という一念から発展したそうだ。
当時で社員は300人近くいたはずだ。
僕なんてその数多い社員の中のほんの
一人だったのだ。
そして専務は工務店も経営していて、
この会社の開業する店舗はすべて
自前で作ってしまうのだ。
それを一代でやってのけた社長夫婦の事は
今でも凄いと思っている。
この社長夫婦が今の修業先のある
地域一帯の繁栄の礎を築いた
といっても、あながち間違いでは
ないのではないだろうか。

こういう組織だという事を前提に、
これからの話を読んでほしい。

当時、修業先の店は僕の勤める本店と、
県庁所在地のある街の大きな駅の
そばの高層ビルのレストラン街店の
二店舗だった。
このビル店の店長がらーめん部門の
統括責任者だった。
この店長が六本木店の店長。
ビル店の若手のホープが主任として
赴任した。

六本木店の三ヶ月後に僕の勤める
銀座店が開店する。
その開店準備の始まるギリギリまで
本店の店長(前回のブログで
一緒に六本木を視察に行った方)と
僕は六本木店に勤務する事になった。

東京の一店舗目の六本木店を
主力メンバー全員で盛り上げるためだ。

しかし、現実は甘くなかった。

そして、六本木店の店長は失踪した・・・。

以下、次回に続きます。