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金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第132回

僕が京都で生まれ育ったという事は、
このブログをずっと読んでくださっている
方なら既にご存じだと思います。

僕は高校を卒業するまで
京都に住んでいましたらから、
あと二カ月もしたら
京都を離れてすでに21年が
経つ事になります。

そもそも両親が石川県小松市
出身だったため、
京都には親族は一人もいません。

ですから高校を出た後は
友達に会いに行く以外は
京都へ行く機会は
ほとんどありませんでした。

そして両親が石川県出身という事もあり、
僕の両親は非常に怪しい
関西弁を話していました。
ですから僕も子供の頃から
非常に怪しい関西弁で話していました。

ついでにお雑煮なのどの日常的な
食べ物が京都のそれとは
全く違いました。

だから僕は若い頃

『俺はどこの出身やねんコンプレックス』

に苛まれていました。

つまりめんどくさいガキでした。

『京都出身』というにはどこか嘘っぽく
かといって絶対に『金沢出身』ではない。

だからそのどちらでもない
横浜や湘南は居心地が
良かったのかも知れません。

金沢に帰ってきて嬉しい事の一つが、
『京都と近くなった』
という事です。
そして加速度的に
京都の仲間達との再会が
果たされています。

ラグビー部の仲間達。
京都のバンドメンバー。
来月は中学時代のラグビー部の
仲間が金沢に来てくれます。

そして新しい出会いもありました。

僕はずっと自分が京都出身と
言っていいものなのか?
なんて下らない事を考えていましたが、
今は胸を張って言えます。

僕は生まれも育ちも京都です。

僕の話し方が京都弁でないからとか、
僕の両親が京都出身ではないからとか、
実に小さな話です。

僕には
京都。
湘南。
そして金沢。

そのみっつの大切な地元がある。

ただそれだけなんです。

僕はずっとここまで自分の過去を
切り離したいと考えていました。
しかしそんな事はまるで意味が
ない事に気付かされました。

それは仲間達が教えてくれました。

だから僕は自分のルーツである
京都を胸に感じながら
『金澤流麺』
表現したいと思います。

そんな京都の事を少しだけ書きますね。

以下、次回に続く。