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金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第109回

屋号についてはとても悩みました。

僕は海辺の町で12年間らーめん屋を営んできました。
そして自己破産をして金沢に帰ってきました。
自己破産はこれまでの会社と縁を切って一から出直す、
一度人生をリセットして本当の自分で自分のらーめんを世に問う、
という思いが込められていました。

だからかつての親しんだ屋号はもう使うまい、
と心に決めていたのです。

かつての親しんだ屋号は、
ほとんどの方がご存じだと思いますが、
僕の名字があしらわれています。

その店のらーめんは20代から30代を駆け抜けた僕そのものでした。
豚骨のパワフルなコク。
それなのに全く臭みもなく食べた後もしつこくないスープ。
ついつい飲み干したくなる甘さとコクとほのかな魚介の風味を効かせたタレ。
そしてそのスープを余すところなく受けとめる自家製麺。
どこにもないらーめんが出来あがったと思っています。

その味は、
ラグビーやロックンロールを通じて先輩達の影響を受けながら、
自分なりの生き方を模索してきた僕そのもでした。
僕は幼少期は気が弱くて泣き虫な子供でした。
そんな僕がラグビーに出会い闘争心と団結力や絆を学びました。
ラグビーで活躍できると自分の恵まれた体力に気付く事が出来ました。
そしてロックンロールに出会い、
自分の世界観を持って自己主張する事の意味を考える様になりました。
パワフルさと繊細さを兼ね備えたらーめん。
振り返れば振り返るほど、
海辺の町での僕の作り上げたらーめんは、
僕そのものでした。

スープも麺も生き物です。
毎日同じコンディションでらーめんを出すには、
相当の集中力と愛情がないと難しいです。
だから日々の感情や生活態度や人間性が全てらーめんに投影されるのです。

きっと今の海辺の町での店では、
今のスタッフが僕の作った味を頑張って出している事と思います。

だから僕はもう過去の人間であり、
かつての店とは無関係の人間です。
僕は過去とこれから始まる新たならーめん人生を切り分けたいと考えていました。

でも『自分そのもののらーめん』との決別をきちんと整理出来るのか?
僕は出来ていないのに、
もう完全に決別した気持ちになっていました。

そして僕を縛り付ける為の理不尽な借金と会社との縁を切るために自己破産をして金沢に帰ってきて、
肉体労働で汗を流しながら新たな目標に向かって歩き始めました。
その一環としてこのブログを書きはじめました。
過去から現在に至る自分の半生を文章にして綴ると、
はっきりと解りました。

『過去と現在を切り離すなんて不可能だ』

と。

今現在の僕は過去の積み重ねです。
海辺の町でどれだけつらい思いをして、
忘れたい、
許せない、
悔しい、
時間の無駄だった、
等と散々ネガティブな思い出を並べたとしても、
その全ての経験が僕を作ってくれたのです。
そして今ならこう思います。

全ての経験に「ありがとう」と。

過去と現在が陸続きな事は周りの人たちが教えてくれました。
海辺の町でお世話になった方々。
友達。先輩。仕事の関係で繋がっている方。
そし生まれ故郷の京都のみんな。
日本中にいる友達や親族。

そんなみんなに近況を報告する度に皆さんが口をそろえてこう言いました。

「良かった!頑張って!『らーめん南』の第2章だね!」

僕は、
僕がらーめんを作り続ける以上、
ずっとずっとみんなからは
『らーめん南』
なんだな・・・と思い知らされました。

以下、次回に続く。