金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第107回

皆さんに報告があります!
ついに物件が決まりました!
住所は石川県野々市市稲荷4-85。
中華そば響さんの移転に伴って
空いた物件に居抜きで入る事になりました!
中華そば響さんはこの場所で5年間、
着実に実績と人気を積み重ねて来て
栄えある拡張移転です!
中華そば響さんにあやかって
僕もこの地域に根差せるように
頑張りたいと思います!

中華そば響さんは濃厚煮干しらーめんです。
主張をしっかり持っている
尊敬すべきらーめん屋です。
ぜひ皆さん、足を運んでみてください!

この物件の真ん前に『御園小学校』があります。
下校時には子供たちの元気な声が
店の外から聞こえてきます。
僕が剛と店の外で工事についてなど
打ち合わせをしていると、
「こんにちはー!!」
と一人の女の子が挨拶をしてくれました。

僕と剛はほほを緩めて
「こんにちは。帰り道気をつけてね」
と返事をしました。

思い出せば、
海辺の町でもたくさんの子供たちに
囲まれていました。

隣の鮨屋の息子達とは
キャッチボールをしたり、
一緒に銭湯に行ったり。

八百屋の孫娘を肩車して
遊びに行ったり。

薬局の息子達と鬼ごっこしたり。

今はみんなそれぞれ大学や就職や
高校、中学で頑張っています。

海辺の町を離れる時に
鮨屋の次男坊のヒロキが
「俺、握れる様になったら南さんに
連絡するんで。絶対食べに来てください」
と言ってくれた。

ヒロキは将来実家の鮨屋を継ぐために
都内の名店で修業を始めた。

「おう。待ってるわな。
ヒロキが結婚したら家族で金沢に
遊びに来いよな」

「はい!!」

なんてやり取りをして。

思わず泣きそうになったけど、
これが今生の別れじゃないしね。

あのわんぱくのヒロキが立派な
『男』になった姿を見れた事が
本当に幸せやったなぁ・・・。

この町でもそんな出会いがあるかな。
きっとあるよな。

金沢に帰ってきてこの半年。
一番実感するのは
『一人で生きてるわけじゃない』
ってこと。

京都で生まれて、
ラグビーとロックと雑誌作りに
夢中になって、
19歳で金沢に住んで、
荒れた20代前半を過ごして、
24歳で海辺の町に引越して
いきなりらーめん屋で修業始めて、
27歳から39歳まで
色んな意味で濃密な時間を
過ごさせていただいて、
そして今年40歳。
その全てがこれからの
事業に集約してるなぁ、
と感じてます。

ここまで関わってくれた全ての方々、
今このブログを読んでくれてるあなた、
全てが今僕の手の平に
ズシン!と確かな質感を保って
存在しています。

そして全身に熱い血潮を
漲らせてくれています。

だから、
頑張って美味しいらーめん、
作ります。

それが唯一僕に出来る事。

昨日も
今日も
明日も
ありがとう。