金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第97回

『丁寧に生きる』

と決めた僕は自分自身のケアを
する事を考えた。

・ダイエットする。
・いらないものを片っ端から捨てる
・部屋を毎日掃除する
・読書をする

こうして言葉にすると社会人として
というよりも人として当たり前で
大人が子供に教える様な事ばかりだ。

当たり前の事も心の余裕を
なくすとどれも当たり前には
出来なくなるという事を、
僕は海辺の町での生活で学んだ。

剛が僕に出資してくれる事になって
最初の方に僕に言った言葉がある。

「南のさ、苦労して苦労して苦労して、
その結果また苦労する、みたいなドM
みたいな生き方、もう辞めようよ」

確かに僕の『苦労している』姿が
共感を読んだ部分はあったのかも
知れない。
しかしその習慣を続けて余裕を
失ってしまっては、
ただの悲劇のヒーロー気取りの
自己満足で終わってしまう。

これからは自分の心に余裕を
持って人々を喜ばせる仕事をしたい。

そう思って自分に目標とルーティンを
与える事にした。

ダイエットは自分でも驚くほど順調に進み、
部屋は常に片付き、
読書は僕に新しい知識や考え方を与えてくれた。

そして、『丁寧に生きる』と決めた
僕にこんな素敵な出会いが訪れた。

僕が金沢に帰ってきた直後に
友人のタカベェから連絡があった。
タカベェは高校の同級生で、
高校時代に一緒にバンドを
やったりしていた。
今は東京で働いているのだが、
たまたま出張で金沢に来る
というので、僕たちは香林坊
待ち合わせをして酒を飲みに出かけた。

僕も15年ぶりなので
金沢の飲み屋を全く知らない。
北陸一の歓楽街の片町も
15年前とはずいぶん
変わったように感じた。

僕もタカベェもそれほど品が良い方では
ないので、大声でわぁわぁ話しながら
歩いている様はちょっと周りを
警戒させたかもしれない。
(今はとても丁寧に生きております)

そんな中、何軒か梯子をした中で
とあるお店に一見で飛び込んだ。

カウンターだけの小さな庶民的な店だった。

「二人ですけど入れます~?」

と入ったら、一人の男性が席を一つ
横へ移動して僕達に席を譲ってくれた。

この席を移動してくださった方との
出会いが、僕の『丁寧に生きる』
という事の意味を深く心に刻む
きっかけを作ってくれた。

以下、次回に続く。

 

*写真は高校時代からの僕のバンド
ルナティック雑技団』の
高校三年生の時のアー写(笑)です。
真ん中が今回のブログで大活躍の
ドラムスのタカベェ。
その右隣がボーカルの僕です。

全員デニムの太さが時代感じさせます(笑)

ルナティックはマジで最高のメンバーで
最高のバンドなんだ。
結成当初からコピーなんて一切やらずに
オリジナル曲ばっかし作ってた。

いつかルナティックについても書きたいな。

最後のライブは6年前。
33歳の時の親友でこのブログにしょっちゅう
登場するレストランモトイの結婚式でのライブ。

本当にすごいライブだったんだよ!!

でも一番左のニムラ(キーボード&ギター)が
酔っ払って映像を失くしたんだよ!!!

5人が5人、全員が全員、最低で最高の
奴らばっか。

次のライブは僕の結婚式とか
誰かが言ってたけど、
ちょっとそれ無理っぽいから
(モテねぇから仕方がねぇ)
僕たちの米寿とか古希記念ライブで!

それまでに誰か死にませんように!!!