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金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第84回

僕は飲食店をずっとやっているのに、
食べ歩いた経験がほとんどない。

若い頃は食べ物に興味がなかった。
修業時代はらーめんばかり食べ歩いていた。
独立後はあまりの忙しさに
他所の店に行く時間さえなくなっていた。

時間が出来たら自分の料理の練習ばかり
してたから、あまり食べる経験が
豊富とは言い難い。

だからうどんも蕎麦も立ち食いではない
本格的な店の物は数えるほどしか
食べた事がない。

そんな僕がうどんや蕎麦について
語るなんて100年早いのだが、
僕はらーめん屋としてうどん屋と
蕎麦屋を心から尊敬している。

もちろん尊敬していない飲食店なんてない。
どの料理も料理人もみんな僕よりも
レベルが高く、それぞれ個性と独自性を
持っているといつも勉強させて
いただいている。

僕がここでいううどん屋と蕎麦屋への
尊敬とは、その純粋なまでの
『麺』
への拘りと集中力だ。

海辺の町の店で僕は自家製麺を始めた。
だがそれはノウハウを学んでレシピを
決めてしまったら全てそのままのレシピを
スタッフに伝えて終わりだった。

本当ならもっと何カ月も、
出来る事なら丸一年は付きっきりで
麺と向かい合ってみたかった。

もし麺に打ちこむ時間がそれだけ
とる事が出来たら、
当時の店の麺はもっと良いものが
出来ただろう。

麺というものは生き物だ。
気温、湿気、その他様々な要因で
同じレシピで作っても仕上がりが
変わってっ来る。

そしてそうした毎日の積み重ねの中から
細かい変化や進化を繰り返して、
当初には想像もつかなかった
素晴らしい麺が生まれる可能性だってある。

だがそこまで出来る環境ではなかったから
それは言い出しても切りがない。

自家製に手をつけたはいいが、
僕は麺打ちを極めたわけではない。

アニキが見せた麺への真剣な表情。

それこそがうどんの本質であり、
僕のらーめんにはないものなのかも知れない。

僕は今の自分が打ったらーめんの麺を、
卵と生醤油だけで食べさせてお客様を
満足させる自信はない。

しかし讃岐うどんにはそれが求められるのだ。

以下、次回に続きます。