金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第65回

24歳の時に親友のモトイの部屋に
押しかける様に転がり込んで
海辺の町に移り住み、
そして押しかける様に
らーめん屋に転がり込んで
働き始めた。

そして働いているうちに
自分のキャリアのなさを埋める
為に独学で料理の勉強を
始めた事はこのブログで
何度も書いてきた。

本来修業という物は厳しいものだ。
モトイは本来フランス料理を志しながらも、
縁あって始めた中国料理を
「自分のためになるから10年は辞めない」
と決めて腕を磨き、
言葉通り10年務めたのちに
単身フランスへと旅立ち
フランス料理の修業を29歳で始めた。
この経験が彼の料理を唯一無二の
物にしている。
彼の苦労は僕では解らないほどに
壮絶だったに違いない。

僕はというと、
らーめん屋で修業しながら
休みの日に一人で部屋で
コツコツと料理を作るしかなかった。

そもそもが食べた事もない様な
料理を本を頼りに作るのだから、
自分の作った料理が美味しいのか
不味いのかさえ解らなかった。

こんな経験が本当に役に立つのだろうか?
自分でも甚だ疑問だったが、
僕の焦りと劣等感は
「とにかく作れ!」
と僕に命令をしてきた。

何の夢も展望もなしに
突然見知らぬ町で見知らぬらーめん屋で
働く事を決めたのも自分だし、
らーめんで飯を食っていくと
決めたのも自分だ。
だから自分が考えた事をがむしゃらに
続けるしかないと思っていた。

当時作った料理の写真をmixi
載せて友達を呼んでは食べて
貰って感想を聞いたりしていた。
mixiのアカウントが失効してしまって
当時の写真がない事が残念だが、
当時の僕の料理にモトイが
こんなアドバイスをしてくれた。

「大さんの料理はな、
スパイスの面白さとかハーブの多様さに
偏り過ぎてるねん。
もっと良い食材を良い塩を使って、
ばっちりの塩加減で適切な火の入れ方で
仕上げる、ていうシンプルな料理を
極めた方がいい」

シンプルだが素晴らしい料理観であり、
神髄だと思う。
料理の基本を全く習っていない僕は
小手先のテクニックに
走り過ぎていたのだろう。

だが当時は言っている意味が解らなかった。
とにかく沢山の食材と沢山のレシピに
触れないと僕の焦りは埋まらない様に
思えたからだ。

モトイのこの言葉から
もう10年近くは経っているだろうか。

彼は4年連続ミシュラン1つ星獲得。
すでにスターシェフとなっている。
僕は自己破産してやっと
暗い自己問答のトンネルから
抜け出したばっかりだ。

今なら当時のモトイの
言葉の意味が解る。

近道なんてどこにもないってことだ。

こんな僕もなかなかユニークな
経歴を送ってこれたと思っている。
このブログで物語にして綴った
海辺の町での15年間。
それも最後の8年間の苦しみが
僕の中の純粋と純情と情熱を
蒸留して結晶化してくれた。

これからはその結晶が光を集め、
もっと大きくて力強い輝きになり、
光となって放出されるだろう。

その先にみんなが
笑顔になってくれたら・・・。

これからの人生は
きっと今の自分では想像も
つかない所に着地するのでは
ないかと思っている。

期待と希望に胸を膨らませて。

次回に続く。

http://kyoto-motoi.com/
↑モトイのレストランの
ホームページです。
実は僕はまだ行けてません(>_<)
モトイ、ごめんな。
次のらーめん屋が成功したら
すぐ行くから!

剛ー、二人を引き合わせたいから
みんなで行くぞー。