金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第53回

5月の中旬に辞意を社長に伝えました。
すると6月から僕の仕事は
いきなり少なくなりました。
お手伝い程度の仕事ばかりで、
その仕事のほとんどは掃除や
工事関係の仕事が中心で、
店に関わる事は極端に
少なくなりました。

会社の意図としては
辞めていく僕にいつまでも
頼っていては残された人たちが
いつまでも一人立ちできない、
と言う事でした。

現場の人達からは
「まだ辞めた訳じゃないんだから、
もっと教えて欲しい事がある」
と不満が出ていましたが、
僕はもう店長ではなく
何の決定権もありません。

だから
「何か問題があればいつでも
呼んでください。
もう店には入れませんが
いつでも来ます」
とだけ伝えて自分に課せられた
仕事をこなしていました。

給料は一気に減らされました。
もう店長ではないから
払えない、との事でした。

その代わり時間も沢山できました。
朝から誰でも出来る様な作業を
こなして夕方には家に帰りました。

ここまで12年間、
休みもなく休憩もなく、
ひたすら情熱と責任感のみで
作り上げてきた店ですから、
辞めると決まった途端に
用無しの様な扱いになるのは
最初は複雑な思いでしたが、
僕は気持ちを切り替えました。

7月いっぱいで完全に辞める事が
決定し、石川県に引っ越す事も
決めていましたから、
もうこの海辺の町にいる事が
出来るのもあと二カ月余りでした。

前回のブログで友人のれいこさん
「黙って静かに消えるとか、
バカじゃないの!?」
と本気で怒ってくれた事を書きました。

こうした友人の生の感情に触れた事で、
僕の一人でいじけて悲劇の
ヒーロー気取りの凝り固まった感情が
動き始めました。

「せっかく出来たこの時間に感謝を
して、出来る限りの人に挨拶をしていこう」

僕は店の店長として切り盛りしてきた
この12年間で初めてまともな個人としての
時間を得ることが出来たのです。

この大好きな海辺の町の風景や空気を
目一杯肺に入れて味わおう。
そして大好きなこの町の酔いどれどもに
一人ずつ挨拶をしていこう。

そう決めて毎日毎日一人ずつ
会ってゆっくりと食事をしていく事に
しました。

なぜ僕が辞めて帰る事になったのか、
なぜ店長の自分がここまで成功している
店でありながら苦しみ続けたのか、
丁寧に丁寧に説明をしていきました。

友人たちのリアクションは様々でした。

僕のこの12年間の経験に絶句する人。
僕がこの町からいなくなる寂しさから
泣き出してしまった人。
僕のこれからを信じて
「おめでとう!」
と言ってくれた人。
「こんな大切な時間を俺に
割いてくれてありがとう」
なんて言ってくれた人もいれば、
「まぁ大ちゃんも最後に俺を
選ぶなんて解ってんじゃん」
なんて愛すべき悪態をついてくれた
人も(ナオキ、お前やぞ。笑)

みんなとの濃密な会話の時間は
本当に少しずつ少しずつ
僕の心をほぐしてくれました。

そしてジョギングや自転車、
ストレッチ、筋トレも始めました。

毎日のみんなとの会食があったので
体重は落ちませんでしたが、
少しずつ心と同時に体もほぐれて
いく事を自覚し始めました。

以前までは自転車に乗ると60㌔前後の
距離で足がつっていたのが、
100㌔を走っても平気になりました。

こうして僕は残された時間を
心ゆくまで楽しんで味わいました。

そしてとある夜、
いつも入り浸って散々迷惑を
かけ続けたbar、
『bay134』(この店は龍麿さんの
歌詞にある様に僕が『初めて
出会ったその夜にめちゃくちゃに
暴れてた』店です)の栄太郎さんに
僕が石川県に引っ越す事になった
事を説明した時、
栄太郎さんが言いました。

「大ちゃんさ、
最後にやろうよ。
ミチェラーダ。
最後にドカンとやっちゃおうよ」

ミチェラーダとは、
前回のブログで書いた残心のマスターの
佐藤さんと僕が勢いで
結成したパンクバンドで、
そこに栄太郎さんを巻き込んでいた
経緯がありました。
2曲作ったのですが、
僕があまりに忙しかった為に
活動はできないままで
飲んだ時の酒のつまみみたいな
ネタ話になっていました。

本当にライブするなんて
僕は出来るとすら思ってませんでした。

「え?マジすか?」

「やるならやろうよ!
大ちゃんがやるってんなら俺はやるぜ!」
僕の心も開き始め、
そして栄太郎さんの熱さに押され、
僕の感情は昂ぶりました。

絶対に無理だと思っていた
この町の仲間たちとバンドが出来る!

「栄太郎さん!やりましょう!」

僕はお会計を済ませて
佐藤さんのお店『残心』へと
走りました。

「佐藤さん!
ミチェラーダ!
やろうよ!」

興奮気味に叫ぶように言った僕に、
佐藤さんは「そうこなきゃ」みたいな
笑みで表情を崩して

「やっちゃう?」

と応えました。

ライブまでもう日にちはありません。
曲も一から作り直しです。
大の大人がパンクバンドを本気でやる。
見様によってはとても滑稽ですが、
僕たちは本気でした。
そしてとても幸せな時間が
ここから二カ月弱訪れました。

何に対して本気だったかって?

伝説を作る事に対してです。
以下、次回に続きます。