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金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第223回

ちょっと今日もらーめんへの考え方の変化など、最近考えたことを書いていきます。ほとんど独り言なので、興味のない方は即Uターンでお願いします。

金澤流麺らーめん南の南大祐です。

40代の男なんて傲慢なくらいでちょうどいいと考えてます。

丸くなるにはまだ早いでしょ。

前回のブログで気まぐれらーめんへの考え方が変わった話を書きました。

そしてその中でこんならーめんをリリースしました。


【ノビジェイロの恍惚と不安麺】です。

ブログ第220回に詳しく書いているので、まだ未読の方は参照をお願いします。

このらーめんは第220回でも書いた通りに、僕が石川県で実質的にNo.1だと思っている金沢市玉鉾の【自家製麺のぼる】さんの名作『シャモ&コーチン』へのアンサーらーめんとして開発しました。

『シャモ&コーチン』が僕のらーめんから気付きを得た、と言ってくれていたので、それにそらにアンサーを被せるなんておかしいのかも知れませんが、このエピソードは本当に嬉しかったし、ますますのぼるさんを尊敬する様になりました。

僕がフェイスブックやブログで「のぼるさんの『シャモ&コーチン』へのアンサーらーめんです」と発言していたからなのか、それまでの気まぐれらーめんとは群を抜いた反応の良さでした。

開店1時間で用意していた全てが売り切れるなんて、僕も想像もしていませんでした。

どんならーめんかというと、一度完成させたスープにさらに牛肉と牛スジを加えて、牛の風味をより強くしたスープを作りました。

そしていつもスープに浮かべている脂にはネギの香りをつけていますが、今回は香りは敢えてつけませんでした。

『牛感』を目いっぱい感じて欲しかったからです。

そしてタレです。

金澤流麺らーめん南はタレにかなり重きを置いています。

タレを複雑に味を重ねて作り上げることで、らーめんの表情を右へ左へと変化させます。

しかし今回はシンプルかつストレートに牛のスープを楽しんでもらうために、タレは金沢大地の濃口と薄口のブレンドに昆布のみで旨味を足したシンプルなタレにしました(実際このタレを普段のらーめんのスープで割って飲むと、全く物足りない味になりました。ちなみに、いつも【濃醇金澤醤油らーめん】で使用しているタレ(金沢大地の濃口醤油岡山県産の牡蠣煮干しを大量に加えた旨味の強い味)を、この気まぐれらーめん【ノビジェイロの恍惚と不安麺】のスープで割ると、旨味と旨味がケンカをしていったい何の味なのかさっぱりわからないtoo muchならーめんになり、全く美味しくありませんでした。らーめんって本当に面白いですね)。

スープを確立させて、タレはあくまでもシンプル。

これは一つのらーめんの理想のスタイルだと思います。

のぼるさんと同じく仲良くさせていただいている金沢市窪の【そらみち】さんは、目指す理想の味への追求と探究はものすごい物があります。

そらみちさんは、地鶏と水だけで煮出した極めて純粋で究極のシンプルさを追求したスープに、生揚げ醤油のみのシンプルなタレを合わせて究極の旨味を目指す、という『究極の引き算』を目指しています。

その追求への想いは半端ではなく、回りが「いやコレ、美味しいよ」と言っても「まだ納得出来ないんです」とさらに研究を重ねます。

僕は開業前に牛メインのスープで強い旨味が出なかったため、タレに重きをおく様にし、結果11月一杯まで金澤流麺らーめん南のメインの定番らーめんとして一番たくさん皆様に召し上がってもらった【淡麗金澤醤油らーめん】が生まれました。

「スープがダメならタレに力を入れよう」

というよく言えば柔軟、悪く言えばこだわりのなさ、それが僕の性質としてあります。

そらみちのオーナーの青山くんは元ボクサー。

ボクシングは格闘技の中でもとてもストイックなスポーツです。

ボクシングは腕でしか攻撃は認められていません。

そして攻撃を出来る箇所も上半身のみ、と限定された謂わばかなり特殊な格闘技です。

だからこそ、パンチとパンチへのディフェンスが異様に発達したスポーツです。

そらみちさんのスタイルは、まさにボクシング。

青山くん、神田くん、さーしちゃんの目指す高みは本当に純粋なのです。

僕は【ノビジェイロの恍惚と不安麺】を完成させた時、「本当に作りたかったのは、こういうらーめんなんじゃないのか?」という想いに駆られました。

そらみちさんの様にソリッドなまでに純粋ではありませんが、どこまでも牛の強さを追求しようとしたらーめん。

金澤流麺らーめん南の今までのらーめんの中で、1番ストレートでシンプルでストロングならーめんでした。

もし僕にそらみちさんの様なストイックさがあれば、開店からこの8ヶ月間は【ノビジェイロの恍惚と不安麺】の様な方向へと進んでぬいたのではないか?!と、ちょっとだけ自分のいい加減な性質を悩みました。

でも、ちょっとだけでした(笑)

【ノビジェイロの恍惚と不安麺】を作った事に寄って、親愛なるのぼるさんとそらみちさんの素晴らしい個性がハッキリとわかり、そして、じぶんの持ち味もわかってきました。

のぼるさんの持ち味はバランス感覚。

そらみちさんの持ち味は純粋なストイックさ。

僕は、まさに【カオス】。

なんでもあり、です。

自分でも意図しない所に着地して、その着地点からジャンプしてみたら、またよく分からない所に着地して、気付いたら予想もしていなかった場所にいた、というのが僕のらーめんと人生なんだなぁ、と。

京都で生まれ、ラグビーやらロックやら文学やら手当たり次第にやり散らかし、気付いたら金沢から湘南にたどり着き、横浜で修行を始め、アレヨアレヨと言う間に自分の店を持ち、なんやかんやしてるうちに大行列店になったと思ったら自己破産してまた石川県にいた、みたいなマンガみたいな人生とらーめん。

そのカオスさが僕なんだろうなぁ、とアホみたいに思ったわけです。

南大祐発アホ経由カオス着、みたいな。

12月からの新作【真★淡麗金澤醤油らーめん EL★CORAZON(エル★コラソン)】かなり好評です。

そして好評過ぎて、また自分の思わない所に着地しました。


次回はその新しい着地点について書きたいと思います。

なんからーめん屋さんのブログっぽい?

ぽくないですよね。

こんな話。

明日もあなたが優しくあります様に。

明日もあなたがあなたらしくあります様に。

LOVE & BEER!

そして

RAMEN & ROLL!!

金澤流麺物語 第222回

以前までの僕はその日限定の気まぐれらーめんというスタイルには否定的でした。その日限定となると、本当にうちの事が好きなお客様が「たまたまその日は来れなくて食べれなかった」とか、またはたまたまSNSを見て大してうちの事が好きでもないのに「情報の一つとして食べに来てみた」と方ばかりが集まって本当に食べたい方が食べれない、など起こり得るのではないかと、どこかお客様に対してアンフェアな気持ちを抱いていたからでした。

「大衆食であるらーめんはあらゆるお客様に門を開き、常に安定の品質で、いつ来ても変わらず楽しめるものであるべき」

という考えを持っていました。

ではなぜ最近気まぐれらーめんを連発する様になったのか?

それは僕の考え方が大きく変わったからです。

例えば、「らーめんは大衆食である」という考え方。

もちろん大衆食であることには変わりはないのですが、僕が「らーめんは大衆食」と決めつける必要はないなぁ、と思うのです。

¥1000出せばお釣りのくる大衆食である一方、¥3800出しても「安いな」と思わせる高級で豪華ならーめんがあってもいいですよね。

「らーめんは大衆食」とみずから言葉にして発してしまうと、自分の潜在意識に「大衆食の枠からはみ出てはいけない」と刷り込んでしまうのではないか?と思ったのです。

だから、「気まぐれらーめんはお客様に対してアンフェアである」と僕が考えると、僕が僕自身に「お客様にフェアでなければならない。フェアであるためには気まぐれらーめんなんてもってのほかだ!」と自分の潜在意識に刷り込んでるんだな、と気付いたのです。

今まで僕は期間限定らーめんを出すときは、何度も何度も作り直して、1日に何十食も作れるようになってから発表していました。

それはそれでいいと思うのですが、僕も料理に携わる人間の端くれです。

思いつきやインスピレーションが湧いて作りたくなったらーめんがたくさんあります。

それを「これをリリースする事はアンフェアだ」なんて考えで閉じ込めておいては、自分自身の成長すら閉じ込める事になるな、なんて思ったのです。

そこでひょんなキッカケから思いついた「塩らーめんにタプナード入れたら美味しいんちゃうかな?」というアイデアを即実行して、そしてSNS ですぐに発信しました。

そしてお客様から素晴らしい反応をいただき、用意した10食は全て完売しました。


それが気まぐれらーめんの第一号【プロヴァンスの風に吹かれて麺】でした。

その時のお客様の笑顔笑顔笑顔・・・。

あぁ、こういう希少性のあるらーめんを食べたいお客様の権利を奪う事なんて出来ないし、そしてこうしたチャレンジを続ける事で生まれる自分の成長を止める権利なんてないし、俺は頭が固かったな・・・と思うに至りました。

その時に自分の中にあったなんらかのバリアみたいな物が解き放たれた感覚になりました。

気まぐれらーめんを作る事でたくさんの経験ができるし、レギュラーメニュー以外の感想をもらうことができる。

それをレギュラーメニューに活かしていけば、普段のらーめんのレベルも上がっていく。

そうすれば、気まぐれらーめんには興味のないお客様にも、味のグレードを上げて還元する事ができる・・・。

良いことしかないな!と考えるようになりました。

何より、自分が楽しいし、新しいらーめんを作る事は幸せだし!

今取り組んでいるのは金澤流麺らーめん南初の、白濁した濃厚バージョンの牛スープらーめんです。

全く新しい作り方の、全く新しい濃厚白濁スープになると思います!
今からお客様のリアクションが楽しみです。

あなたが明日も優しくありますように。
あなたが明日もあなたらしくありますように。

LOVE & BEER!

そして

RAMEN & ROLL!!

金澤流麺物語 第221回

まず一枚の写真を見てください。
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僕の右に写る好青年はダイチ。
早稲田大学に通う大学四年生です。
高校の先生になるという目標のために日夜勉学に、そして大地が青春をささげた早稲田大学応援団として活動を熱中して行っています。

ダイチとの出会いはもう13年前になります。
僕は27歳でした。
僕の一番初めの独立した店舗『らーめん高はし家』のお隣の寿司屋の倅です。
その頃のダイチはまだ小学四年生でした。
二歳年下の弟のヒロキと二人で辻堂中を駆け回る元気いっぱいの男の子でした。
いつも僕の店に入ってきては「ねーねー!おじさん!休憩中!?キャッチボールしようよ!」とこっちの都合などお構いなしに絡んできました。
時々行き過ぎたことをするので、僕もまだちょっと若かったのかな、きつく怒ったりすると「この店の大人は大人げないよ!!」ともう何も言い返せないような事を平気で言ってくる子供でした(笑)

一緒にキャッチボールをしたり、銭湯に行ったりしてたのがつい昨日の事の様に思い出されます。

双子の様に行動を共にしていたダイチとヒロキも大きくなるにつれてそれぞれの個性がはっきりとしてきました。
元気なやんちゃな男の子、といった感じの弟のヒロキに対して、ダイチは独自の世界観を持つ子供でした。
放課後も友人と遊ばずにテレビ局に出かけてアナウンサーの出待ちをしたり、マイ法被(!!)を作ってまるでトランス状態で盆踊りをしたりと、普通の学生とは少し違う雰囲気を持っていました。
思春期に入るとヒロキは急に恥ずかしくなったのか、僕に対して遠慮がちに話すようになりましたが、一方のダイチは「ねーねー!南さん!あれ知ってる!?」と人懐っこく話しかけてくる様子は幼いころから全く変わりませんでした。
そんなダイチも大学受験に合格し、いよいよ入学を控えたある日、僕の店にらーめんを食べにやってきました。

「ダイチ、大学生になるんか。どやねん?サークルにでも入るんか?コンパとか行って彼女作れや」とちゃかし半分で言った僕にダイチはこう言いました。

「いや、南さん、僕、大学四年間で自分はこれをやり遂げた!って思えるものが欲しいんだよね。だから応援団に入ることにしたんだ」

「応援団!?お前大学に入ってからも学ランとか着るんか!?」

「うん、もう決めたんだ」

それからダイチは応援団の活動を本当に頑張りました。

普通の学生が私服で通う早稲田大学に詰襟にドカン、ヘアスタイルはオールバックで随分硬派なルックスになりました。
しかし応援団として活躍した時間は確実にダイチを大人の男にしました。
それまではまだ世間を知らないあどけなくて不安そうな眼差しは、この三年間で瞳の奥に落ち着きと思慮深さを湛え、「ねーねー!南さん!」と仕入れたばっかりの最新情報をいつも得意になって教えてくれたその言葉は、意味をしっかり考えて発言されるようになりました。
ダイチの気合溢れる応援は六大学野球でも注目を集め、テレビではピンショットで映ったり、ツイッターで『早稲田の応援の本気度、半端ない」と見た人が息をのむような迫真の応援でした。

そんなダイチが先日、なんの前触れもなく来店してくれました!!

「なんでお前ここにいんねん!?」と驚く僕にこともなげに

「いやぁ、富山県に応援があって、こんな機会でもなけりゃなかなか南さんに会えないし」って。

僕は驚きと感動で本気で泣きそうでした。

帰り間際、僕はダイチに問いました。

「どうや?応援団で何か刻めたか?」

するとダイチは少し嬉しそうな、そしてそろそろ応援団を引退するさみしさの入り混じった表情を浮かべて

「うーん?卒業したらわかるのかな?」

そういう表情はすっかり大人の男のそれでした。

ダイチ、本当に立派になった。
高校の先生を目指すダイチ。
いつも自分の甥っ子みたいに感じていたダイチ。
なんか俺だけが取り残されたみたいな、少し寂しい気持ちになってしまいました。
でもこうして一人の少年が大人になっていく様を見守ることができたことは本当に幸せだし、もう何年かして金澤流麺らーめん南ももっと安定して、ダイチは先生としてのキャリアを重ねて、そして今住み込みで寿司屋の修業をしているヒロキが一人前に握れる日が来たら、その時は大人の男同士としてヒロキの働く店に寿司を食べに行こうな。
その時はダイチの苦労や夢を聞きながら、ヒロキの誇らしい寿司職人としての顔を見ながら酒を飲みたいな。

約束な。
必ずいこう。

明日もあなたがやさしくありますように。
明日もあなたがあなたらしくありますように。

そしてダイチとヒロキがどんどん大人になっていっても、いつまでもあの頃の無垢な瞳が垣間見れますように。
その時俺は二人に人生の先輩として胸を張れるようなラーメン屋になれていますように。

LOVE & BEER!

そして

RAMEN & ROLL!!

 

金澤流麺物語 第220回

このブログを書いている今現在は11/27(日)の22:50。
日曜日は15時までの営業ですが、その後に仕込みをして、買い出しに出かけて、たまっていた事務仕事をしていたらすっかりこんな時間です。
今日は日曜日恒例の温泉に行けませんでした。
ブログを書き終わったら今日は寝ます~。
ん?ブログなんて書いてないで寝ろって?
今日はどうしても今日中に書いておきたい話があるんで頑張って書きまーす!
読んでくれたら嬉しいです!

金澤流麺らーめん南の南大祐です。

おそらくこのブログを皆さんが読んでくださるのは11/28(月)になっていると思います。
11/28、11/29の二日間の夜の営業限定で気まぐれらーめんをやります!
今のところリリースした気まぐれらーめんは

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プロヴァンスの風に吹かれて麺。
塩らーめんにタプナードマスタードを添えて味の変化を楽しんでいただきます。
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ニンニクとパプリカの香りをつけたオイルの上に、スペイン料理の『タコのガリシア風煮込み』をアレンジしたトッピングを乗せた意欲作。
ガリシアへの祈りの道は希望の光麺。
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そしてトリッパのトマト煮込みとチーズを乗せた完全にらーめんの域をはみ出たグランマの想い出麺。

それぞれ好評でリクエストもいただき、これからも気まぐれらーめんとして登場することになると思います。
しかし先週はそのどれも発売しませんでした。
なぜならある一つのらーめんを作るのに時間と手間を割いたからでした。
それが今日(11/28)と明日(11/29)の夜の営業のみそれぞれ10食限定でリリースする気まぐれらーめん
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ノビジェイロの恍惚と不安麺です!!

前回のブログのアイキャッチ画像に使った写真ですね。(前回は僕の可愛い大切な娘、マリンの婚約についてのブログでしたが、ふさわしい画像がなかったのでフライングで写真だけ出してしまいました。読んでくださった方の中には「文面と何の関係があるんだ?」と思われた方もいらっしゃったかも知れませんね)

今回の気まぐれらーめんには一つの物語があります。

とても仲の良い、そして心から尊敬している金沢市玉鉾の人気ラーメン店自家製麺のぼるさん。
そののぼるさんが今月いっぱいまで『シャモ&コーチン』という素晴らしいらーめんを期間限定で出されています。
そのらーめんをリリースされる際にのぼるさんが僕にこんな事をおっしゃられました。
「南さんのらーめんを食べて衝撃を受けたんだ。なんでこの人はこんなに自己主張できるんだろう?って。今まで俺はバランスを重視したらーめんを作ってきた。でも南さんのらーめんを食べてからもっと癖や香りの強い中毒性のあるらーめんを作りたいって思うようになった。そこで完成したのが『シャモ&コーチン』だった。だから南さんのおかげなんだ」
僕はこの言葉にとても感動しました。
まだまだ無名店の金澤流麵らーめん南のらーめんを食べて、超人気店ののぼるさんが影響を受けてくれた・・・。
そしてなんでもこの『シャモ&コーチン』はらーめん南だけではなく、金沢市玉鉾の人気店そらみちさんのらーめんの醤油の華やかさにも影響を受けたとのこと。
すでに確固たる地位を確立しているのぼるさんが、僕とそらみちさんのらーめんから受けた影響をさらに高めて表現しようとするその貪欲な姿勢にも尊敬の念を抱きました。
そこで僕は僕なりののぼるさんと『シャモ&コーチン』へのアンサーソングならぬアンサーラーメンを作りたい!と思うようになりました。

のぼるさんは鶏という素材を使うラーメン屋です。
そしてその鶏の香りを強めたらーめんを完成させました。
ならば僕は牛メインのスープを作っていますから、牛の香りの強いらーめんを作ろう!と考えました。
牛メインのスープと言っても、僕はまだまだ牛の旨味を出し切れていないと思っていましたし、牛骨らーめんとは言い切れない味だと自分では思っていました。
だから牛という素材を使っていく中で自分はまだまだ始まったばかり。
まだまだひよっこです。(去年までの15年間は豚骨専門店でしたからね)
そこで完成したスープにさらに牛の素材を加えて旨味を強く出しました。
考え方としては洋食のダブルコンソメに近いですが、方法論は全く違います。
そして普段は牛脂にネギの香りをつけて使いますが、今回は敢えて香りは着けませんでした。
そしてタレです。
普段から使っている金沢大地さんの濃口醤油に、この秋から市場に復活した薄口醤油をブレンド。
いつもは大量の乾物を使ってタレを仕上げますが、今回は牛の感じを大切にしたかったので昆布のみを使用して作り上げました。
そしてトッピングにはローストビーフ。
いままでの金澤流麺らーめん南のらーめんの中で、一番シンプルでストレートならーめんに仕上がったと思います。

ノビジェイロの恍惚と不安麺というタイトルについて。
ノビジェイロとは闘牛士においてマタドールよりも格下のランクの称号です。
これから目指す牛メインのスープの到達地点、または最高峰をマタドールとするなら、僕はまだまだ格下です。
それでもマタドールの称号へと近づくために何度も何度も試合に挑む闘牛士。
俺こそがマタドールに選ばれるにふさわしい存在だ!という恍惚と、果たして本当にマタドールに近づけるのだろうか?という不安という相反する二つの感情を胸に抱いている、という意味合いのタイトルです。
すでにお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、「恍惚と不安」というフレーズは19世紀のフランスのデカダンスの代表的な詩人ヴェルレーヌ詩編『知恵』の中につづられている文章「我は選ばれしものの恍惚と不安の二つを併せ持つ」からのサンプリングです。

合計20食と数は少ないですが、少しでも多くの方に喜んでもらえたら嬉しく思います。

ちょっと緊張しますが、店でお待ちしております。

明日もあなたが優しくありますように。
明日もあなたがあなたらしくありますように。

LOVE & BEER!

そして

RAMEN & ROLL!!

金澤流麺物語 第219回

今日はちょっと感傷的な気分の金澤流麺らーめん南の南大祐です。

感傷的と言っても『凹んでる』とか『落ち込んでる』などの感情ではなくて、ちょっと懐かしい気持ちになったり、ちょっと感動したり、なんか時の流れを感じたり、人生の大きなうねりを思ったりと少し複雑な感情です。
でもポジティブな話ですよ。
あ、ポジティブな気持ちって感傷的とは言わないのかな?
『感じ入っている』という言葉が近いかなぁ。
前置きが長いですね。
本題に入ります。

マリンという女の子がいます。
湘南時代のらーめん南でアルバイトとして活躍してくれた子です。
今日、マリンから結婚の報告のメールが届きました。
私信なので文面を公表するわけにはいきませんが、とても胸に染み入る内容でした。
簡単に書いてしまうとこんな内容です。
「大さん、メールでの報告になって申し訳ありません。婚約しました。」
彼との関係やどんな事があったのか、どれくらい信頼しあっているのかなどが書かれた後にこんな内容の言葉が並んでいました。
「最初は好きなラーメン屋さんで働けることが楽しいだけでしたが、いつの間にからーめん南は学生時代を過ごした学びの場所になっていました。それは本当にどんな時も熱くまっすぐに私たちを娘の様に接してくれた大さんに出会えたからです。本当にありがとうございました。いつか家族を築けたら必ず家族で金沢にらーめんを食べに行きます。」

マリンが僕の店に面接に来てくれたのは、彼女が高校三年生の時でした。
面接にやってきて僕の顔を見た瞬間に「えへへ」と笑い出して、ソワソワして落ち着きのない女の子でした。
その頃急激に忙しくなった僕の店はどうしても人手が必要で、高校生を雇うことに不安は感じていましたが、思い切って雇う事にしました。
しかしその不安はマリンが働きだしたら一気に吹っ飛びました。
仕事の呑み込みが早く、教えてなくても自分で先回りをして考えて仕事を進めてくれました。
そしてとにかく素直でまっすぐな性格だったので、何事にもまじめに頑張ってくれました。
この頃、マリンのほかにも二人の女子高校生を採用しましたが、マリンを始め三人ともとてもよく頑張ってくれました。
出勤してくるなり「大さん!聞いてください!」と彼女たちの学校での出来事や悩み事を話してくれたのもいい思い出です。
ほんの子供だったマリンは友達や恋人、学校やバイトでの経験をまっすぐに心に受け止めて、どんどん思慮深く落ち着いた心の優しい女性へと成長していきました。
10代の世代って、本当にびっくりするくらいのスピードで成長するんです!
それはもう「あれ?これ追い抜かされるんちゃうか?」って焦るくらいに。
マリンがそういう風に成長していく様をバイト先の店長として見守れたことを本当に幸せに思います。

そしてマリンも就職して、頑張って社会人として活躍している中、僕は様々な失敗と苦労が重なって石川県で人生をやり直すことになりました。

僕なんてマリンに胸を張って威張れることなんて何一つないんです。
マジで今が本当のゼロ地点だし、ここで歯を食いしばらないと本当に僕の人生は頓挫しかねない地点にいるのです。

そんな僕とこうしてずっと繋がっていてくれて、結婚の報告だけではなく僕への感謝の言葉までしたためてくれた事に感動しました。

辻堂を離れる最後の二年は、本当に精神的にどん底でした。
自分が借りたわけでもない借金はどんどん膨らみ、毎月の返済は収入のほとんどを占め、毎日20時間に及ぶ労働の中でマリンたちにも見せたくない顔を見せたこともありました。
優しくなれない場面もありました。
それでもマリンは店が大変だというと、自分の仕事の合間に手伝いに来てくれたりもしました。
感謝してもしきれません。
僕はマリンがいうような尊敬されて感謝されるような人間ではありませんでした。
底辺中の底辺。
クズ中のクズでした。

そんな僕にこうして結婚の報告をしてくれるなんて・・・。

マリン、本当に結婚おめでとう。
マリンが面接に来た日の事を昨日の事の様に思い出します。
あれから何年経ったのかな?
まさかこんなにもずっと長くつながっていれるとはあの頃は想像だにしなかったよ。
今こうして湘南から離れた場所でマリンの結婚の事を知れることを本当にうれしく思います。
今、とても幸せだと思うけど、もっともっと幸せになってください。
彼とたくさんぶつかって、たくさん話し合って、たくさん愛し合って、深い深い絆を築いてください。
そしていつかマリンみたいな素直で優しい子供を連れて金沢まで遊びに来てください。
その時はマリンの子供とも仲良くなりたいな。
俺はいつでもマリンの味方です。

本当におめでとう。

あなたが明日も優しくありますように。
あなたが明日もあなたらしくありますように。
そしてマリンとマリンとの結婚を決意した彼氏。
その若い二人の未来が輝かしいものでありますように。

LOVE & BEEr!

そして

RAMEN & ROLL!!

 

金澤流麺物語 第218回

温泉郷にある共同浴場の事を総湯と呼ぶのですが、それって石川県だけの呼び方って知ってました!?
僕は石川県に来てそもそも総湯という存在を初めて知りました。
総湯というのは温泉地の中心的な外湯(共同浴場)で、四国の道後温泉は「本館」、信州では「大湯」、九州では「元湯」などと色々な呼び方があるそうなんですが、石川県の方が他府県に引っ越ししたら「え?総湯ってないの?」みたいになるんですかね?
なんせ総湯ってとてもいいです!
石川県は温泉がとても多いのですが、それぞれの温泉郷にそれぞれ有名な宿泊施設や名湯があります。
でも日帰り温泉でひとっぷろ浴びてちょっとリラックスしたいだけなのに有名な宿泊施設なんて入れるわけもないし。
でもスーパー銭湯ではなくて、源泉かけ流しで体の奥から温めてリラックスしたいし。
そんな時に安価で、いい湯質の総湯は本当にありがたいし素晴らしいです!

以前に紹介した片山津温泉総湯でも見られるように、最近は建物のデザインも洗練されていてその温泉郷のシンボル的な存在にもなってますし、地元の方が日常的に利用する地域の社交場としての役割も果たしているのでしょう。

そんな中、今回はどうしても行ってみたかった
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山代温泉古総湯にいってきました!
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安定のパンク口で自撮り。
山代温泉は元々この古総湯があった場所に総湯が建てられていました。
そもそもは明治時代に作られた共同浴場だったそうです。
山代温泉は古くから温泉街として栄えていたらしく、この場所にあった共同浴場をぐるっと囲むように多数の温泉宿が並んでいたそうです。
きっとにぎやかだったんでしょうね。
何度か立て直しをして総湯としてあったらしいのですが、この総湯を現在の総湯の場所に移転させ、総湯のあった場所に明治時代の共同浴場を再現した古総湯として建て直したそうです。
北陸新幹線も開通して観光の目玉の一つとなっているとのこと。
なんせ、本当に昔に使われていた共同浴場がそうだったらしく、体を洗う場所が設置されていなくてシャンプーや石鹸は禁止だそうです!!
なんだそれ!?
ますます興味がわきます!
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建物を取り囲む様にこの古総湯の由来や山代温泉の歴史を紹介するパネルがあります。
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100年前とか200年前にこの場所で当時の人々の生活があったのですね。
なんかロマンを感じます。
もっと言えば、1000年位前から山代は温泉宿として有名だったそう。
この同じ場所に当時のこの土地の為政者や宗教家、または俳人、そして市井の人々の息遣いや喜びや悲しみや人生があったのですね。
僕たちはその歴史の延長線上にいるねんなぁ、なんて思うとジーンとしてきます。

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ほー。ためになるなぁ。

もちろん温泉なので浴室は撮影禁止です。
ですから中の様子を写真でお伝えできないのがとても残念です。

チケットを買って受付で渡し、バスタオルを借りて促されるままに浴室の扉を開けると・・・・。
なんといきなり風呂!!!

すでに裸の男たちが湯船に浸かっていました!

「え?どこで着替えるの?」

と思っていたら、入り口を入ってすぐのところに簡単な脱衣場所があり、脱衣場所と湯船は同じ部屋なんです。
あまり広いとは言えない空間に2メートル×3メートルくらいの浴槽があるだけ。
そこに裸の男どもが所狭しと群がっています!

これはカルチャーショックでした。

本当にお湯に浸かるためだけの場所なのです。
おそらく昔は家の一軒一軒に風呂なんてなかったのでしょう。
冬は雪深い山代です。
地域の人々がこうして片寄せあって体を温め、世間話を楽しんだのでしょう。
周りの方々を見ていると地元山代の方よりも他府県からの観光客の方が多い様子です。
仲には呆然として帰ってしまう人もいらっしゃいました。
もったいないなぁ。
こういう空間を味わって楽しまなきゃ。
壁には久谷焼きの代名詞的な藍色の色付けをした焼き物のパネルが足元に埋められてあり、窓にはステンドグラスがはめ込まれており、どこかエキゾチックな雰囲気があります。
当時はステンドグラスが様式のデザインを取り入れるものとしてとてもおしゃれで最先端だったそう。
僕が古総湯に着いたころはすっかり日も暮れていたのですが、お昼に入ったらとてもきれいなんでしょうね。
源泉はとても熱く、その源泉が常に湯船に注ぎ込まれています。
その源泉をかけ湯だと思った僕は桶にいっぱいにお湯を組んで肩から被ったのですが、あまりの暑さにのたうち回って悶絶するはめに・・・。
知り合いが一人もいない状況でのたうち回ってますから、なるべ声は出すまいと

「・・・あ!・・・が!・・・く!・・・」

と叫び声にならない叫びをあげる僕を、周りのお客様方は横目でシラーっと見つめておられました・・・・。
その後肩で息をしながら浴槽へ。
ほんまに体の芯から温まりました。

体を洗ったり髭をそったりはできないので、古総湯はこの空間を楽しみに行く、という場所ですね!
とてもおすすめです!

家のお風呂って気持ちいいですけど、なんか物足りないですよね。
湯船に浸かりながらも翌日の仕事のこととかばっかり考えてしまってなんだか心からリラックスすることができないんです。
でも温泉ってなんか違いますよね。

温泉の湯船に浸かっている間って、頭の中に浮かぶ言葉って
「はー」とか「ふー」とか「ぼえー」とか、言葉にならない言葉ばっかりで、思考もぼんやりしてくるし細々と考え事をする方がしんどくなります。
だから僕は温泉に浸かっていることそのものに体も心もゆだねて何も考えないように時間を過ごします。
考えようたって頭が回らへんねやから無駄な行為になってまいますしね。

そして風呂から上がったらなんかこう肩から重荷が下りたような、なんとなく地面から5ミリほど浮いて歩いているような気分になるんですよね。

僕、辻堂でらーめん南をしていたころ、どうしても休めない仕組みの仕事になってしまっていて、本当に20時間の労働を四か月続けた後、その次は半年、その次は一年半、と人間離れをした労働環境で働いていたんです。
何が原因か?と聞かれたらとても一言では言えない状況の絡み合いの中でそうなったとしか言いようがないんです。
「死んだ方がマシじゃないか」とか「倒れた方が楽なんじゃないか」とか「俺は死ぬなら脳の病気だろうな」とかおかしなことばかり考えるようになるんです。
精神もバランスを崩し、人にも優しくできないし、その頃には本来の自分がどんな人間なのかわからなくなっていました。

その頃はその状況を切り抜けるにはとにかく働きまくって結果を出して突き抜けるしかない!と僕の生活はさらに仕事中心になっていきました。
最後に僕の上にいたオーナーから「親と縁を切れ」と迫られたあたりから「あれ?これは何かがおかしいぞ?」と気づき始めるのですが、そこまでよく体が持ったものです。
体がダメになっていたら、完全に心も病気になっていたでしょう。
「病は気から」という言葉がありますが(もちろんその通りだと思いますが)、体が丈夫ならどうにかなる、とも思います。
まぁ、僕以外の人だったら確実に体も心も病気になっていたと思いますが・・・。

つまり、元気があればなんでもできる!(byアントニオ猪木)ですね。

今はリラックスする時間を作れるこの環境に心から感謝しています。

もしお休みが取れるようになったら、泊りで温泉宿に行きたいな。
頑張らなきや。

長くなりすぎました。
何について書いてるブログかわからないですよね。
とにかくリラックスする時間を大切にしています、という話でした。

あなたが明日も優しくありますように。
あなたが明日もあなたらしくありますように。

LOVE & BEER!

そして

RAMEN & ROLL!!

 

金澤流麺物語 第217回

顔面ブサイク。
無学。
独身40歳男やもめ。
ついでに自己破産と男としてのスペックとしては最悪の僕が人に唯一誇れるもの。
それは体力以外にありません。

お父さん、お母さん、こんな頑丈な体に生んでくれてほんまにありがとう!
おかげで一日20時間労働を一年半続けても過労死しなかったよ!

まいど、体力と歯並びの良さだけが取り柄の金澤流麺らーめん南の南大祐です。

金澤流麺らーめん南は今のところ定休日はいただいていません。
不定休という形でどうしてもお休みが必要な日だけお休みをいただいています。
今のところ二か月に一回のペースでお休みをいただいています。
免許の更新とか、なんやらの講習会とかそういう理由で。
まだまだ認知度の低い金澤流麺らーめん南はもうちょいがんばらなあかんかなぁ、という段階ですね。
きちんとお休みが取れるようになったら、月に二日ほどはお休みをもらおうかなぁ?
なんて考えています。
その時はきちんと告知しますね。
よろしくお願いします。

「休まなくて平気なんですか?」

とよく言われるのですが、そりゃまぁ、休めるなら休みたいのですが、案外平気なんですよね。
店にいることが好きだし、店にいたらみんな会いに来てくれるし。
なにしろ僕は今の時点で個人的な子供頃からの夢は9割はかなえちゃってる状態なので、幸せで仕方ないんです。

「え?顔面ブサイク、無学、独身40歳男やもめ、自己破産で?」

と驚かれるかもしれませんが、僕が子供の頃から抱いていた夢なんていたってシンプルなんです。

・いつまでもロックンローラーでいたい。
・自己表現をし続けて生きていく
・人様に喜んでもらって生活していく

この全部がラーメン屋という職業で全部叶っちゃってるんです。
だから毎日がめちゃくちゃ幸せで。

もちろん現実問題というのはあります。
なんせ辻堂でえらい失敗してますから金銭的にはギリギリですし、親だって早く楽させてあげたいし、店だってまだまだ軌道に乗ってるとは言い難いし。
でもこれらの現実問題って、悩みでも苦労でも何でもないんですよね。
当たり前の課題で、小学生にとっての毎日の宿題みたいなもんなんです。
だから悩みなんて全くないし、毎日ラーメン屋でいれることが、そして金澤流麵らーめんとして存在できることが最高に幸せなんです。

だから休みがないから辛いなんてことはないんです。

でも、でもでもでも!

休みは必要です。
何より自分のための学びの時間が必要です。

先日、いつもお世話になっている美容院ナンブダイレクションの社長の南部さんが僕にこんな事をおっしゃられました。

「南君さ、今はまだ開店したばっかしだからいいけど、いつまでも休みなく自分が働けばいい、なんてスタンスで仕事してちゃダメだぞ。リーダーになっていく人間というのは外にでなきゃダメだ。美術館でもいいし映画を観にってもいい。寿司を食べに行ってもいいし、なんでもいいから外に出て学びを得て吸収してそれを仕事へとフィードバックさせなきゃダメだ。だから人に任せられる人間になっていくんだ」

僕も本当にそう思います。
僕は日常の仕事で日替わりのサラダや気まぐれらーめん、期間限定らーめんを出しています。
それらは『独創的』『引き出しの多さがすごい』などとお褒めの言葉をいただけることもありますが、内実は自分の中の限られた知識と技術とアイデアを掛け合わせて絞り出している状態です。
いつかきっと絞り切った雑巾が千切れてしまうように、僕のアイデアも情熱も枯れてしまうでしょう。

だから外へと刺激を求めて学びを得るためにも休める自分になっていきたいな、と考えています。

いつもいつもたくさんの事を教えてくださる南部さん、本当にありがとうございます。
ずっとずっと南部さんの背中を追いかけて頑張りたいと思います!

実は今回のブログは先日の日曜日にリフレッシュしに行ってきた山代温泉古総湯についてさらっと書くつもりだったのですが、なんだか暑苦しい独り言の様なブログになってしまいました。

ま!いつもの事ですけど!

次回は山代温泉古総湯について書きますね!

あなたが明日も優しくありますように。
あなたが明日もあなたらしくありますように。

LOVE & BEER!

そして

RAMEN & ROLL!!