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金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第224回

えっと、前回のブログで『らーめんの着地点と、そこらからのジャンプ、そして予想外の着地点』ということを今回書きますよ、と宣言してましたが、今日はその話への橋渡しになる様な話を書きたいと思います。
こんばんは。

金澤流麺らーめん南の南大祐です。

以前2chでこのブログの事を「頭の痛くなるポエム」「肝心のらーめん情報はほとんど得られず」と書かれていたそうです。

そう書いてくれた方がもし今回のブログを読んでくれていたら「あ!それオレオレ!」ってなってますよね、今きっと。

そこまでしてこのブログを読んでくださってありがとうございます!

今日も頭の痛くなるポエムを書き綴っていくのでよろしくお願いします(実は【頭の痛くなるポエム】って響き、気に入ってます。命名してくださってありがとうございます!)

20年くらい前だと思うのですが、多分小説家の町田康だったかなぁ?

それとも僕の好きなミュージシャンの誰かかなぁ?

記憶は曖昧なんですが、こんな言葉をとあるインタビューで読んだことがあります。

「真の意味でのオリジナリティなんて存在しない」

当時19歳か20歳だった僕は、とにかく自分自身を1番表現できる方法を見つけて、その方法で飯を食って生きていきたい!と足掻いている時期でした。

足掻いてはみるものの、何をしていいのか見つからずにモンモンとしていた時期でした。

チョロっとパンクバンドをしてみたり、チョロっと文章を書いて雑誌の新人賞に応募しては安っぽ〜い挫折に浸ったりしていた時期でした。

「俺、このままくすぶったまま若さを食いつぶしてしまうのかなぁ」と不安で一杯だったそんな時期に読んだインタビューでした。

それはもう、絶望感一杯になっちゃって、「今自分自身を見つけられずにもがいてるのに、真の意味でのオリジナリティなんてないなんて言われたら、そんなんもうやる気なくすやん!」と絶望感もかなり安っぽ〜いものでしたが・・・。

その後、石川県で散々人に迷惑をかけた挙句に逃げ出して、親友のモトイを頼って湘南に転がり込んで、横浜のらーめん屋にねじ込んでもらって、そこから僕の人生は大きく音を立てて回り始めるのはこのブログをずっと読んでくださっている皆様はすでにご存知だと思います。

そう、頭の痛くなるポエムの連続です。

それからこじらせにこじらせ、ぐるっと一周回って自己破産というお荷物まで背負って再び石川県の地に立ちました。

あれから20年。

今ならなんとなく「真の意味でのオリジナリティなんて存在しない」の意味がわかるような気がしてきました。

その事を書く前に、この動画をご覧ください。
カマシ・ワシントン動画
僕の大好きなジャズサックスプレイヤー【カマシ・ワシントン】の来日時のトレイラー映像です。
カッコいいですよね!!

皆さんはジャズはお好きですか?

僕は大して詳しくはありませんが大好きです!

皆さんはジャズにどんなイメージを持たれてますか?

僕は本格的にジャズを好きになる前はこんなイメージを持っていました。

「ちょっと敷居が高い。何を演奏しているのかよくわからない。なんだか頭良くないと聴けなさそう。大人の音楽。ホテルのラウンジやバーでのBGM。気取ってドレスアップしたカップルがショートカクテルを飲みながら聴くライブ」

こんな所でしょうか。

それがいつからかなぁ?

バドパウエルの演奏の合間に漏れ聞こえる呻き声を聞いた時なのか、アートブレイキーのドラムセットが壊れるんじゃないかというドラムソロを聞いた時なのか、それともスピード感溢れるソニークラークのバッキングのピアノを聞いた時なのか。

きっと違いますね、ジャックケルアックの小説『路上』でジャズのライブを観に行くディーンモリアーティがジャズプレイヤーのソロ演奏に「GO!GO!GO!」と叫びながらライブに熱狂するシーンを読んでからですね。

ジャズというのは、叫びであり、ストリートカルチャーであり、存在証明であり、熱い血潮がドクンドクンと流れる音楽なんだ!と認識が変わったのでした。

それからジャズを聴くたびにそれまで夢中になって聴いていたTHE CLASHやボブマーリーやビースティボーイズなんかと同じくらいに興奮しながら聴くようになったんですね。

そしてこの映像のカマシ・ワシントン。

そんな熱が伝わってくると思いませんか?

そもそも楽器演奏者でない僕は音楽を理論的に説明することはできませんが、音楽はおとの震えで感情や世界観を説明する究極の芸術だと思っています。

だから感情的に説明したいと思います。

カマシ・ワシントン。

この人のアルバムや楽曲を聴くと、どこまでもジャズなのに、ジャズ以外の音楽ファンでも聴けそうな気がしてきます。

スピリチュアルな世界観を見せたり、ソウルミュージックの様なグルーヴを感じさせたり、爆発間のある各楽器のソロパートがあったりと、バラエティ豊かなのに1つの宇宙を表現しているかの様な気持ちが湧いてきます。

けっして新しい事を、誰もやらなかった事をやってるわけじゃないと思うんです。

どこかしこに、様々な音楽のルーツを感じさせるんです。

でも出てくる音は、どこまでもカマシ・ワシントン、その人なんだと思います。
で、何が言いたいかと言うと、僕のらーめんもそういう立ち位置に立っているのではないか?と感じたのです。

前回のブログでも書きましたが、そらみちの三人は本当にらーめんの事が大好きです。

その純粋さは本当に心を打たれますし、時々自分が恥ずかしくなるくらいです(笑)

日本中のらーめん屋にお邪魔して、自分から挨拶をして、頭を下げて教えを請う姿は本当に尊敬します。

そしてそれを吸収して、また自分のらーめんとしてアウトプットしていきます。

では僕はどうなのか?

もちろんらーめんの事が大好きです。

しかし、僕のらーめんは、らーめん以外の要素もたくさん入っています。

その要素とは・・・。

次回に続きます!