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金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第186回

いや〜。

この『CHAOS!!!』シリーズ。

6月から書き始めて、途中1ヶ月とか2週間とか中断を挟んでずいぶん長く書いてるので、書き始めと文体も変われば、最初に書きたかった事がどんどんズレたりして、なんか収拾つかなくなってきましたわ〜(>_<)

そろそろ締めくくりますよー!

で!

僕が何を伝えたかったかと言うと

『らーめんなんて、とにかく自由』

ということ。

らーめんなんてたかだか100年くらいの歴史しかなくて、しかもらーめんが急激に進化したり様々ならーめんが生まれ出したのなんて、この20年くらいのこと。

先日、僕にこんな事を言った業者さんがいました。

「らーめんはどこへ向かうんでしょうね?いやね、もうらーめんは全部出尽くしたと思うんですよ。これ以上新しいものは出ないし、どこも似たり寄ったりになってくるだろうし、そうすればこの先マーケットと先細りするだろうし、どうなるんでしょうね?」

・・・そんなの、知りません(笑)

らーめんは出尽くしたりなんかしないし、どこへ向かうかなんて、僕一人が考えてもわかるわけがないし。

様々な先人の方たちが作ったらーめんや、らーめん以外の料理、または、幼い頃から大好きなロックンロールや、心を撃たれた映画、文学作品、スポーツやエンターテイメントetcetc・・・それらを全部インプットして、『南大祐』と『らーめん』というフィルターを通してアウトプットしたのが、今現在の僕のらーめんです。

今は僕のらーめんは石川県では「新しい」「珍しい」「食べたことない」と言われますが、10年経ったらそれは当たり前になると思います。

その時に進化をしていなかったら、僕はもう時代遅れになるでしょう。

だって、今30歳の人が僕のらーめんを食べたとしたら、その人は30年分の食事の経験があって「新しい」と思うけど、17歳の人が食べたらそれは「普通」として受け入れられると思います。

その17歳の人が将来らーめん屋になって、新しいらーめんを作る時に今の僕のらーめんを叩き台にして新しい感性を注入したら、とんでもない新しくてカッコよくて面白くて美味しいらーめんが生まれると思います。

その時、僕はどれだれ若い人や社会や世間にとって『オモロイおっさん』でいれるか?

それは今日の歩みの積み重ねですよね。

だから今日も貪欲に様々な事を学んで吸収していきます。

そして今の自分では思い浮かばないアイデアや、今の自分では作れない美味しさを出せる日を夢見てワクワクしています。

えっと、長くなりそうなので、次回に続きます!

次回、『CHAOS!!!』シリーズの最終回です!!