金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第180回

20歳くらいの時だったかな?

僕はその時仲良くしていた年上の友人から『カオス』というあだ名をつけられました。

恐らく「なにをしだすかわからない」「南が来たらとにかく現場が荒れる」などの理由だったと思います。

とんでもないトンパチ野郎だったんです。

剛やアニキと出会ったのもこの頃。

当時の僕たちの話題の中心はいつも『音楽』でした。

その音楽の中でも『パンクロック』『ハードコアパンク』と呼ばれる音楽を僕たちは好んで聴いてしました。

どんな音楽かと言うと・・・とにかく騒々しくて、やかましくて、めちゃくちゃ速かったり、短かったり、はたまた重かったり、叫びっぱなしだったり、なんせまぁエネルギーの必要な音楽です。

それでいて切実で、切迫感がハンパなくて、世の中に言いたいことが山ほどあって、常に「俺はここにいるぞ!」という想いで溢れているとてもとても愛おしく音楽です。

パンクロックが突き動かした衝動が、僕の今の道のりの底辺には必ずあるし、もし10代の頃にパンクロックにドキドキしなかったら、また違う人生を歩んでたんやろなぁ、と思います。

だから僕にとってパンクロックは「昔俺もヤンチャやってたんすよ、えへへ」みたいな過去形の話ではなくて、今でも心の中で鳴り続けてる大切な大切な音楽なんです。

それは今僕がジャズやサンバはサルサやブラックミュージックを好んで聴いていたとしても、褪せることのないドキドキを内包した音楽なんです。

あれ?前置きが長過ぎた。

またパンクロックについてはまた別の機会にたっぷり書きますね!(え?いらない?)

僕が20歳くらいの頃ですから、もう20年前ですね。

その頃、金沢の歓楽街『片町』は新天地通りの奥に『フルボリュームラボラトリー』というクラブ?ライブハウス?がありました。

当時金沢で夜遊びをしていた方はご存知の方も多いのではないでしょうか?

その『フルボリュームラボラトリー』で今も活動して日本中のハードコアパンクス達から熱烈な支持を集めている『GREEN MACHINE』のライブをアニキと観に行った時のエピソードが、ぼくに『カオス』というあだ名がついたキッカケになりました。

そのエピソードとは・・・。

以下次回に続きます。