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金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第149回

今回の『金澤流麺らーめん南』で使う麺は
横浜の『四宮商店』にお世話になることになった。

僕は海辺の町でのラーメン屋で
自家製麺もしていたので、
自分で麺が作れないわけではない。
だが、よほど時間と労力を割いて
研究しない事には本当に美味しい麺は作れない。

だったら心から信頼できる製麺屋とタッグを組んで
自分のらーめんに合う麺を開発してもらった方が
絶対にいい麺が作れると考えている。

石川県内の製麺屋とい選択肢もあった。
当然地元の製麺屋の方が
フットワークが軽く対応してくれる。

しかし僕は昨年の早い段階から
四宮商店のサンプルをもらった時点で
すでに確信していた。

「四宮商店なら間違いない」

と。

四宮商店の取締役は何を隠そう、
僕が24歳で横浜で修業を始めた時の
先輩なのだ。

網野さんという。

当時僕が24歳。
網野さんが26歳だった。

あれからもう16年が経とうとしている。

この店で僕は網野さんに本当にお世話になった。
網野さんは仕事のできる方だった。
上からの信頼も下からの尊敬も集める人だった。
人を頭ごなしに怒る事もなかった。

当時相当やんちゃで暴れん坊だった
僕に対して本当に根気よく付き合ってくれた。

そんなSALAD DAYSとでも呼ぶべき
青春のとある1ページの話だ。

僕と網野さんはよく二人でらーめんの
食べ歩きをしていた。

たまたま行った店でらーめんを
食べてる最中に網野さんがこう僕に聞いてきた。

「大ちゃん、どう?美味い?」
「はい!美味いっすね!」
「でもさ、この店にいるスタッフの誰か
一人にでも、もう一回会いたいな、
なんて思う人はいる?」

僕は食べている手を止めて
店内を見渡した。

「わかんないっす。
でも別にどうでもいいっす」
僕はこの店のどのスタッフにも
興味を持てなかったし、
当時24歳の僕にはラーメン屋なんて
美味けりゃ客が来る、
くらいにしか思っていなかった。

「そこなんだよ。
もう一回こいつに会いたい!って
思わせなきゃダメなんだよ。
そうしたらお客様はリピート
してくれるんだよ」

「・・・・」

当時の僕はいまいち網野さんの
言っている意味が分かっていなかった。

「大ちゃん、こいつに会いたい!って
思わせる力をマンパワーって言うんだよ」

マンパワー・・・っすか・・・」

言葉の意味は分からなかったが、
マンパワー
という言葉は僕の胸に刻まれた。

次回に続く。