金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第146回

最後にバールを訪れたのはいつだろうか?

おそらくモトイの結婚式の時じゃないかな?
もう7年近く行ってなかった。

久しぶりに訪れたバールの写真を
撮ろうとしている僕に
マスターの森さんはすぐに気付いて
「あれ?」
みたいな表情を浮かべて店の外までやってきた。

「だいさん、どないしたん。元気かいな」

優しい笑顔はそのままで
僕は胸の奥から温かい感情が
まるで脱脂綿に含ませた
水が滴る様に溢れ出た。

「マスター、僕、金沢に帰って来てん。
だから京都が近くなった。
これからも時々来るわな」

「そうかそうか。
金沢でらーめん屋すんのか。
ほんまだいさんは頑張るな」

もう7年近く会ってなかった。
その前は4年くらい間が空いていただろう。
その前はもう思い出せない。

それなのに森さんは僕が
藤沢でらーめん屋をやっている事や、
僕の人間性をずっと忘れず覚えてくれている。

以前に都内に住む友人が
バールを訪れて僕の話題をしたらしい。

「そうか。だいさんのツレか。
あの子はええ子や。あの子はええ子や」

と何度も何度も繰り返していたらしい。

涙が出そうだ。

先日も湘南の友達二人が
京都旅行のついでにバールに
行ってくれたそうだ。

その際は訪れた二人に

「だいさんの友達の二人が来てくれて
ほんまに嬉しい。ほんまに嬉しい」

と言っていたそうだ。

なんで僕はこんなに
応援してもらえるのだろう・・・・。

久しぶりに会った森さんは
さすがに少しお年を召されて、
かつてのパワーは衰えていた。

昔は朝の10時から日付の変わる
0時までの営業だったが、
最近は20時に閉まるとの事。

そりゃそうだ。

出会った頃は48歳だった森さんももう67歳だ。
僕の父親の1歳上か。
「70歳までは続けたい」
と言っていたから、
京都に行く際は必ずバールに行こう。

しかし口を開いたら『森節』は
相変わらずだった!!

「だいさん、最近の若い子らどう思う?
みんな酒飲まへんやろ。
博打打たへんやろ。
車買わへんやろ。
ナンパせえへんやろ。
ほんで何してる思う?
携帯ゲームしとんねん!
ほんでウルグアイの大統領の
話に感動しとんねん!
そんな話に感動すんのは
おっさんなってからでええねん!

俺は遊べ!もっと遊べ!
遊ぶ金を必死で稼げ!
って言いたいね!!」

と不変の哲学を語ってくれた。
僕は20年前と変わらない
森さんのラティーノ魂の
こもった話ぶりに大いに笑った。

月が輝いて
笑い声が響いて
懐かしい笑顔に溢れて

これ以上の美しい夜があるのなら、
今すぐ僕に教えて欲しい。

この日に飲んだビールは
世界で一番美味しいビールだった。

「だいさん、頑張ってや。
だいさんみたいな大人が若い子の
手本にならなあかんねん」

「マスター、僕なんかが手本になったら
えらいこっちゃで。
散々事故やら不祥事やら起こした揚句に
自己破産してんねんで。
どうひいき目にみても、
俺は人生の落伍者や」

「上等やん。
でも諦めてへんねんろ?
だいさんはまだ若い。
これからや。
やったったらええねん」

「・・・はい」

僕は静かに涙をこらえた。

ずっとバールにいたい。
毎週の様に通いたい。
サンバを聞いてフェジョアーダを食べて
ビールを飲んで過ごしたい。

でもそれは頑張ってるからこそ出来る
ご褒美なんだろうな。

だからまたマスターの笑顔と不変の哲学と
ビールを味わえるように
仕事を頑張ろう。

さぁ、金沢へ帰ろう。

ついに僕の次なるダンスを
始めるステージがそろう頃だ。

マスター、ありがとう。

心からの尊敬と感謝をこめて。

ここで『京都というルーツ』
シリーズを終わります。
次回からは開店に向けた日記的な
内容になります。

いよいよ日程も決まってきました。

正直なところ、
期待と不安の入り混じった気持ちです。

そんな感情と行動のライブ感が
伝わればいいな、と思います。

僕もあなたもいまここに生きています。

その証を刻もう。

あなたが明日も優しくありますように。
あなたが明日もあなたらしくありますように。

LOVE & BEER!