金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第142回

チキンノットのデザインによる
エプロンで仕事がしたい、
と思った背景には
『自分のルーツを大切にしたい』
という思いがあった。

僕が自己破産をして
金沢に帰って来た時
「過去を切り離したい」
気持ちでいた事は
すでにこのブログで触れた。

しかし剛の支えで再起を
計るにあたって
このブログを綴る中で
自分の過去を洗いざらい
振り返る過程の中で、
自分の過去を受け止めて
反省するべき所は反省し、
自分を肯定してあげる所は
肯定する、という作業が
進んだ事もすでに書いてきた。

その中で沸き起こってきたのは
『ここまでお世話になってきた人達への感謝』
『金沢も京都も神奈川も全部自分のルーツである』
『今の自分は過去の延長線上である』
という思いだった。

だから自分のルーツや影響を受けて
来たものを全てここに投影させたいと
考えていた。

僕にとって10代から
『カッコイイ先輩』
としてい続けてくれている
太藤さんのデザインにより
エプロンを身につける事は
限りない幸せに思えた。

そしてもう一人。

ブログを書き続ける事によって
嬉しい再会が果たされた。

以前もブログのお陰で
もう10年近く連絡が途絶えていた
友人と再会を果たした話を書いたが、
今回もブログがきっかけで
果たした再会だった。

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彼女は光武みゆきさん。
京都が誇る伝統工芸の
清水焼の職人であり、
清水焼を扱うめおと屋いろゑの
オーナーでもある。

ご主人は飲食店に全国の伝統工芸の
器を卸す会社の社長を務めているとの事だ。
夫婦で伝統工芸に携わっている。

彼女(以下みゆきちゃん)は
何を隠そう僕の
高校時代の同級生だ。

僕もみゆきちゃんも
それぞれロックバンドを
やっていたからよく
みんなで遊んでいた仲間だった。

僕は『ルナティック雑技団』という
バンドのボーカリスト
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ちなみにこの写真が
高校時代のルナティック雑技団
メンバーとの写真。
解っていただけると思うが、
右から二番目が僕です。
あまりの変化のなさに
自分でも驚きます。

みゆきちゃんは『ビリビリ人間』
というバンドのキーボーディスト。

若気の至りとはよく言ったものだが、
お互いにふざけたバンド名の
バンドに所属していたものだ。
(ルナティックの命名者は僕ですけどね)

みゆきちゃんからは
「過去の写真は載せるな」
釘を刺されているので
当時の写真は控えさせていただく。

高校を出てから
一度か二度くらいしか
会っていなかったから、
ほぼ20年ぶりの再会だった。

以下次回に続く。