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金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第122回

今回のニュースを受けて、
ガイドブックの料理の評価の在り方を
否定するつもりはさらさらない。
ガイドブックの評価や批評での高い評価を
目指す事は決して悪い事ではない。
悪いのはガイドブックではなく、
飲食業を取り巻く環境ではないだろうか?

若いコックだって自分の勤める
レストランのシェフが
高い評価を得れば鼻が高いし、
目標としてさらなる高みを目指せる。

だからガイドブックが悪いのではない。

そこを否定したり批判したりするよりも、
僕はこのニュースを受けて
自分も飲食業に身を置く人間として、
らーめん屋のはしくれとして、
何を感じてこれからの自分の人生に
どう活かしていきたいと思ったのかを
考えてみたい。

このブログをずっと
読み続けてくださっている方なら、
僕がいかに苦しい環境で歯を食いしばり、
最後は自己破産する事で
その環境から抜け出したかを
解っていただけていると思う。
そして一歩その環境から抜け出したら、
沢山の出会いに導かれて
新しくて広い世界が
待っていたという事も
ご存じだと思う。

そしてこれから人生をかけた
大航海へと出発する事も全て
ここまで曝け出して書いてきた。

だから僕が辿り着いた
『金澤流麺』という一つの答えは、
あの海辺の町での苦しかった
経験があってこその答えだ。

だから今の僕は
あの苦しかった日々にも
感謝している。

そんな僕がこの事件で感じた事・・・。

前回のブログでも書いたとおりに
飲食業は魅力があって夢がある。
その反面、
3Kだのキツイだのどこも人手不足だのと
あまり景気のいい話を聞かない。

ミシュランで星を戴く様なシェフであろうが、
僕の様ならーめん屋のはしくれであろうが、
「美味しい物を作りたい」
という気持ちは
どんな料理人だって同じだって思う。

だが料理人によっては意識の高低差は、ある。

意識が高ければ高いほど、
とにかく身を削って仕事をする。
そしてスタッフにも
高いレベルの仕事を要求する。
ただただ「美味しい」そのためなら
店にだって泊まるし、
家族を犠牲にする料理人も山ほどいる。
(僕は海辺の町で店を切り盛りしてた頃は
「結婚なんて自分の人生には起りえないもの」
として考える事すら放棄してました)

それでも本当に満足する物を
作るのはなかなか難しい。
なぜなら料理は
『正解』
がどこにも存在しない。
自分が美味しいと思うものを本当に人さまが
美味しいと言ってくれるのか?
不安で不安で仕方がない。
だからまた、
身を削って働く事になる。
すると身も心も感性もズタボロになる。
その上で他者からの容赦ない
批評や評価にさらされる。

そんな世界に身を置いているうちに、
「美味しい物をつくりたい」
「自分の料理で人々を喜ばせたい」
という気持ちは削られて行くのではないだろうか?

以下、次回に続く。