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金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第110回

僕がらーめんを作る以上、
それは『らーめん南』以外あり得ない、
それは様々な人の応援の声から伝わってきました。

僕も様々な屋号を考えましたが、
そのどれもしっくりくるものはありませんでした。

「らーめん南で行こうかな・・・」

しかし単純に海辺の町でやっていた店の展開や二店舗目ではありません。
何度も書きますが僕はもう海辺の店とは無関係なんです。
海辺の町の会社からは「お前がいなくなって清々する」と言われ、
僕は自己破産をして完全に縁を切ったのですから・・・。

だから『らーめん南』とそのままの名前で
始める事ははあり得なかったのです。

しかしらーめん南以外しっくりこない・・・。

僕は相当悩みました。

だからこそ自分のブログを読み返したりして、
自分のここまでの歩みを振り返って、
自分のらーめん人生の歩みの意味を考え直しました。

僕は自分が苦しんでいる時、常に助けてくれる仲間がいました。
僕がめちゃくちゃな事をしても、みんな僕を許してくれました。
僕が壁にぶつかると、必ず誰か先輩が現われて助言をしてくれました。
金沢に帰って来てからも沢山の人がまた沢山の人を紹介してくれました。
そして未だに沢山の人が僕の事を応援してくれています。

そう、僕は一人でここまで来れたわけじゃない。
僕のこれまでのらーめん人生は、
いや、南大祐としての半生は、
常に誰かの支えがあって成り立っていた事に気付きました。

僕は大切なご縁に乗っかってここまで来たにすぎません。
海辺の町の仲間たちが僕に寄せるらーめん屋としての僕への信頼は、
海辺の町での仲間たちが築いてくれたものです。
金沢の人達の僕への応援は、
僕を紹介した人達への信頼です。
京都の仲間達の応援は、
ただの腐れ縁かも知れませんが(笑)

ハッキリ言える事は、
僕は一人で人生を切り開いたのではなく、
大きな『流れ』に乗ってここまで来たにすぎない、
という事です。

その事に気付くと、
自分の胸に深く深く感謝の念が沸いてきました。

僕はこの感謝の気持ちを屋号に込めたい、
そう強く思いました。

その感謝の象徴として、
この大きな『流れ』・・・・。

『流』

という文字を入れたい、
そう強く思う様になりました・・・・。

この『流』という文字を見れば、
お世話になった先輩、友達、仲間たち、恩人たち、歴史上の先達たち・・・・。
全てを思い浮かべる様な・・・・。

以下、次回に続きます。