読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第70回

僕もそうだが、
関西出身者は自分の地元に
幼い頃から通ったお好み焼屋が
誰にでもあると思う。

そしてムキになって
『大阪と広島、どちらが本場か!?』
等を熱く語ったりする。

答えは両方本場なのだが、
語りたくなるその気持ちが
お好み焼をソウルフードたらしめて
いると僕は思っている。

僕個人のソウルフード
思い出の味としては
高校生の頃に溜まり場にしていた
ブラジリアンバルの
『bar cafejinho(バールカフェジー二ョ)』
のフェジョアーダがそれにあたる。
今でもバールの事を思うと
色んな事を思いだすし、
また仲間たちと再会するなら
バールに集まりたいと思う。
フェジョアーダをバターライスに
ベタベタにかけてビールで流し込みたい。
想像しただけで口の中が唾液で一杯になる。
マスターの笑顔や陽気なサンバが自然と
頭や耳に浮かんでくる。

今やスターシェフの悪友モトイと
繰り広げた半狂乱の青春が
まるで昨日の事の様に蘇る。

でもフェジョアーダは
僕の記憶の中のソウルフードであって、
京都市民全員の物ではない。
(だってブラジルのソウルフードだからね)

海辺の町にたまたま高校の
同級生の女の子が嫁いで来てて、
再会してからよくみんなで食事を
したりしていた。

マミチャンという女の子なのだが、
マミチャンは京都に帰省する機会が
ある度に「大さん、お土産いる?」
と僕の店まで聞きに来てくれたりした。

「ん~、漬物!」

と頼むのが常で、
いつも僕の好きな日野菜や壬生菜の
漬物を買って来てくれた。
時にはちりめん山椒を
買ってきてくれる事もあった。

モトイもふらっと海辺の町に来た時に
しば漬けなんかを差し入れしてくれた。

マミチャンに「漬物!」というと、
「そんなものでいいの!?」
なんて呆れられたが、
京都の人にとっては慣れ親しんだ
「そんなもの」が僕にとっては
様々な記憶を呼び起こす大切な
ソウルフードだった。

19歳で最初に石川県に引っ越した時、
福井県の仕事仲間が僕にどうしても
ソースかつ丼を食べてほしい」
とお店に連れて行ってくれた。

また同じ時期に富山県の仕事仲間が
どれだけ自分がらーめんが好きかを
語り、富山ブラック(当時はこの名称は
なかった様に記憶している)の名店に
連れて行ってくれた。

僕はそうした人を巻き込んでも
紹介したくなるような気持ちに
触れることが大好きだ。

その気持ちこそが、
ソウルフードなのだろうと思う。

僕がこのブログで
『石川県には県民の
プライドトラディションとなる
ソウルフードはない』
と書いたところ、
為になるご指摘のメールなどを
いただいた。
その人たちの感情に触る事を
書いてしまったのなら本当に
申し訳ないが、
今回と前回のブログの内容で
僕の『ソウルフード』に対する
捉え方が伝わったら幸いだ。

他県の人に熱狂的に薦めたくなる、
そんならーめんを作る事を
生涯をかけて目指したいと思う。

以下、次回に続く。