金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第69回

今回のブログで69回かぁ。
特に意味は無いけど、69・・・

ロック・・・・。

ちょっとええやん?

すいません。
話を元に戻します。

僕が海辺の町で切り盛りしていた店は
局地的な大人気店となった。
海辺の町界隈では知らない人はいないと
言われるまでの店になる事が出来た。
特に若い男性からの支持は熱いものがあり、
高校生の男の子は僕にツイッターでフォロー
されると周りに自慢したりしていたそうだ。
どこにいても声をかけられたし、
握手を求められたりするなど
ちょっとしたロックスターみたいな
扱いをされる事もあった。
中には僕のモノマネをする人もいたらしい。

だが、僕の店がある市を離れると
僕の店の知名度はほぼ皆無だった。

僕は超有名店と僕の店の様な
『一地域のマニアックな人気店』
との差はどこにあるのかを
悩んだ時期があった。

今でも親交があり、
前職の時にとてもお世話になった
横浜ウォーカーの江沢さんとそんな
会話をしていた時に江沢さんがこう言った。

「その差はメディアを上手く使えるか
使えないかです。南さんは上手に私たちを
利用してください。」

最初はこの言葉の意味が解らなかったが、
今ならなんとなく解る。
当時の僕は県下全域にまで知名度が
上がらないと店としては全然ダメだと
考えていたのだが、本当に地域に根差して
人々の生活に寄り添い、人の記憶に
残る仕事をしていくなら、
『県下全域に名前を轟かす』
なんて考えずに
地域でぶっちぎりの一番になる事を
目指すべきだと今では思う。

人の心に刺さるらーめんを作る事と、
県下全域に知名度を誇る店になる事とは、
全くの別物であると今は思う。

当時の僕は何を焦っていたのだろう?
自分に自信がなかったのかも知れない。
他人の評価ばかりを
気にしていたのかも知れない。

ロックスター扱いされたかったのか?

断じてそういう訳ではなかったが、
他所の店が自分の店よりも
知名度や評価が高い事を
『勝ち/負け』
の感覚でみていた事は確かだ。

見るべきところは『知名度』
ではなくて目の前のお客様の
『表情』だったと今は思う。

僕の店を圧倒的な熱量で支持して
くれていた人達が、
知りあいや友達に自分の言葉で
伝えて物語はどんどん大きくなる。

そしていつしかその人の心の
ソウルフード
となってくれたら本当に嬉しい。

これは僕の中での定義なのだが、
ソウルフードとは生活に根差した
食事の中で熱狂的に人に薦めたくなる食事』

または

『食べるたびに自分の記憶や感情を
揺り動かされる食事』

だと思っている。

もちろん僕の中の定義なので
異論はあると思うが、
僕はそう思う。

そして僕はらーめん屋である事、
B級グルメである事、
人々の生活に寄り添える可能性が
ある事を誇らしく思っているし、
この金沢での店でも変わらずに
地域で深く根ざして支持される
店を目指したいと思っている。

以下、次回に続く。