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金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第67回

 

僕が金沢へと15年ぶりに
帰ると決断した理由には
親の事が大きかった。

前職を辞めたとしても
海辺の町のある県で再起を
目指す事も可能だったと思うし、
何より海辺の町の県はらーめんの
レベルがめちゃくちゃ高い。
らーめんだけではなくあらゆる
飲食店のレベルが高い。
そして都会であるがゆえに
情報量も多くて速い。

そういう町で勝負したい気持ちは、
今も変わらずある。

僕は前職で会社との関係が
こじれて大減給されて
実家への仕送りが出来なくなった。

その事をずっと気に病んでいたから、
僕が金沢へと帰る決心をしたのは
「自分の夢よりも親の生活を支える」
という意味合いが大きかった。

仕事を辞めて金沢へ帰ると決めた段階では、
自分が今後らーめん屋として
やっていくかどうかなんて二の次だったし、
むしろどうでも良かった。
仕事なんてどうだって良かったのだ。
取りあえず親を安心させて、
この地獄の様な当時の環境から
抜け出す事が第一だったのだ。

そこで親友の剛が投資を申し出てくれた。
僕は散々悩んだ結果、
剛に感謝してその申し出を受ける事にした
事はすでにこのブログで書いたとおりだ。

親の生活を支えると同時に、
自分の仕事も諦めずに済む。
そしてこれからの事業が
僕と剛の絆をさらに深めるだろう。

僕は「失敗は許されない」のではなく、
「成功以外の道はあり得ない」のだ。

金沢へと帰る事が決まった。
15年も離れていた町であり、
以前に住んでいた当時は
食事なんてまるで気にしない
生活を送っていたから、
金沢の食事情は全く解らなかった。

だから金沢について良く知る
所から始めようと考えた。

僕は京都生まれの京都育ちだ。
山に囲まれた盆地で
夏は蒸し返す様な暑さ、
冬は底冷えのするの町には
銭湯があちこちにあり、
日常的に京野菜の漬物を食べ、
大文字の送り火を眺め、
すこし歩けば由緒正しい
神社や仏閣がある。
そもそもが公家文化の色合いが
強い京都は他府県からみたら
とても雅でエキゾチックだ。
だがそこで生まれ育つと
その京都ならではの個性に
なかなか気付けない。

僕は京都を離れてからの方が
京都への理解が深まった気がする。

僕には地元が三か所ある。
京都、金沢、海辺の町。
それぞれに長く暮した分、
愛着がある事は当然だが
ずっとそこで暮らす人々よりも
客観的に分析することも
出来ると思った。

きっとそれが僕の強みになると思う。

金沢の人達が当たり前に
扱っている物に対して、
本来の『価値』や
新しい『意味』を
僕は見つけ出せるのでは
ないかと考えた。

そう思うと僕の経験や経歴は
とても役に立つ。
なんせ地元は三か所あり
どこの事も愛しているが、
どこにも染まりきっていない。
どこか根なし草の様だが、
そのおかげで誰よりも深く
そして独自の視点で町を
分析出来ると思う。

そして分析した町の価値や意味を
らーめんとして
お店として
再構築する事が出来たら、
金沢の人にとって
懐かしくもあり
それでいて新しい何かが
作り出せるのではないだろうか?

この考えは僕を熱狂させた。

その再構築は僕という
フィルターを通って表現される。

いよいよ本当の表現が出来る。
僕の人生は今まさに始まろうとしている。

以下、次回に続く。