金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語第60回

今年の夏の終わりのとある早朝。
夜明け前だというのにもう
陽は白み始めていた。
金沢に帰ってきて
親の生活のリズムになるべく
合わせる様に生活をしていたら、
僕も自然と早起きが身に着いていた。

元々がショートスリーパーだから
目が覚めるのは早い。
僕の両親は4時ごろには起き出すので、
僕も自然とそれくらいの時間に
起きる様になった。

コンビニでコーヒーを買って
文庫本を片手に近所の公園まで行く。

海辺の町の朝も静かだったが、
金沢の朝はもっと静かだ。
朝露に濡れる芝生を踏みしめて
僕は公演の端に設置されている
ベンチに腰を降ろした。

僕の視線の先、
ちょうど公園の真ん中あたりに
一羽のカラスがいた。

みなさんはカラスにどういった
イメージを持たれているだろうか?

ある人にとっては不吉。
ある人にとっては獰猛な動物。
ある人にとっては人の頭に
糞を落とす様な賢い動物。
ある人にとっては学生の部活で
外周を走っている時に頭を
つつかれた嫌な思い出のある動物。

あまり良いイメージを持たれて
いる人は少ないのではないだろうか?

僕の知っている範囲では
カラスは俊敏で人間が近づくと
警戒してすぐに飛び立ち、
一定の距離を保ってこちらを
注視しているような気配を
漂わせるどこか知的な動物だ。

動物学者じゃないから解らないけども。

そんなカラスがどこかだらしなく
くちばしを開いて微動だにせずに佇んでいる。

もしかして置物?
と思ってしまうくらいに、
あまりにもぼんやりとそこにいた。

そしてしばらくすると
まるで年老いた犬がする様に
けだるそうに僕の方へと
首を向けた。

なんや、ちゃんと解ってんのかいな。

僕もただぼんやりとカラスを眺めていたら、
カラスは再び首を元の位置に戻し、
飛び立つ事もせずにとことこと
歩いて公園を出て行ってしまった。

ただそれだけの事なのだが、
僕にはそのカラスの動きに

「あぁ、僕は金沢にいるんだな」

と深く実感させられた。

都会のカラスに比べて、
地方都市のカラスは餌を
奪い合うライバルも敵視する人間も
少ないのかも知れない。

でもまるでスローモーションの様な
そのカラスの動きは、
僕に金沢での生活のゆるやかな
時間の流れを感じさせてくれた。

僕の悪夢は続いていた。
ブログ第23回で悪夢について
少し触れている。
http://igazo.jp/2015/09/27/minami23/
もしお時間のある方やまだ読まれて
いない方は参考までに
読んでいただけるとありがたい。

このブログで書かれている様な
悪夢の他に、
僕はひたすら何かに追われる夢や、
取り返しのつかない事態に
巻き込まれる夢をよく見た。

それがこの金沢での緩やかな時間の
流れが少しずつ癒し始めてくれて
いる事を実感していた。

そしてこのブログで過去を綴る事によって、
ここまでの自分の道のりを冷静に
振り返れる様になったのも大きかった。
毎日の引越屋でのハードワークで
汗をかける事も良かった。
少しずつではあるが運動を
始めたのも良かった。
まるで若かった頃の様に
大好きな本を読む時間が作れた
事も大きかった。

そして海辺の町の仲間たちは
毎日の様に誰かしらメールを
よこしてくれて、
金沢では懐かしい顔とも再会したり、
新しい仲間が増えたりもした。

僕は目に見えない牢獄にいたかの
様な店長時代での日々から
自分が解放されている事を
実感していた。

そして僕の心を開放する
ある出来事が起こる。

以下、次回に続く。

 

 

 

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