金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第47回

そして物語はブログ第一回へと戻ってくる。
僕はブログ第一回にて
「僕は今失意の底にいます」
と書いた。

あの第一回から三カ月間、
途中に二度の中断を挟んで
書き続けてきた。

過去を振り返ると当時の感情が
生々しく蘇るのと同時に、
当時の自分を今の自分が俯瞰して
冷静に見ている事に気付いた。
するとどうしたことだろう。
当時の出来事を当時とは違った
感情や解釈でとらえ直す事が
出来始めている自分に気付いた。

過去は変えられない。
しかし過去に新しい意味と価値を
与える事が出来ると感じ始めたのだ。

今、もしブログ第一回を
書きなおすとすると
こういう出だしに
なるのではないだろうか。

「僕は失意の底に、いた」

そう。
僕は今、失意の深い沼から
やっと顔を出したのだ。

おかしな例えかも知れないが、
僕が泥沼の中ででしか生活を
していなかったとする。
そうすると、その泥沼の事を
『汚い』とか『暗い』とか『息苦しい』
等と感じる事もないだろう。
その泥沼が当たり前なのだから。

しかし泥沼の天の方向から
何やら声がする。
とても親しげでとても懐かしい声だ。
僕は何だかその声が気になって仕方が
ないから、ある日鼻の上まで沼から
頭を出して、周りを見渡してみた。

すると泥沼の周りには、
ジャスミンの花が浮かんでる池、
牡丹の花が浮いてる池、
蓮の葉が浮かんでる池、
中にはウツボカズラがぎっしりと
生い茂った不気味な池や、
ワニが潜んでる沼なんかもあったりする。

僕は香りに釣られてジャスミンの浮かぶ
池に近づこうとする。
ウツボカズラやワニを越え、
牡丹や蓮の誘惑を耐え、
始めてジャスミンの花びらに触れる。

そこで初めて知るのだ。

「世界ってこんなに広いのか」

泥沼を知るからこそ、
ジャスミンや牡丹の美しさに酔い、
ワニの危険も知る。

泥沼にい続けたら何もしらないまま
死んで行くのだ。

だがもし最初からジャスミンしか
知らなかったら、そのジャスミン
美しいとは思わなかったかも知れない。

つまりその泥沼には
『気付きを与える』
という価値があったのだと知る。

泥沼もジャスミンも知った後に
僕は何を感じるだろう?

泥沼とジャスミン・・・。
世界にはこの他にも
沼や池があるはずだ・・・。
僕はまだまだ何知らないし、
さらなる知見を広められる可能性を
持っている!

僕は無知である事を幸せに思い、
これから目に写るもの、
手で触れるもの、
口に含むもの、
鼻で嗅ぐもの、
皮膚にそよぐ風、
突然の雷雨、
体を焦がす太陽・・・。

全ての僕に影響を与えるものを
喜びを持って受け入れるだろう。
そしてその受け取ったあらゆる物を
喜びの言葉で表現するだろう。

・・・もしその表現を、
これからのらーめんで出来るとしたら?

僕は世界で一番の幸せな人だろう。

だから僕は今までの人生で全ての影響を
与えてくれた人たちや出来ごとに感謝を
捧げたい。

自己破産は、僕に必要な経験だった。
海辺の町での15年間は、
苦しかった店を運営していた12年間は、
僕にとってそれは素晴らしい『泥沼』
だったのだ。

ありがとう。
本当にありがとう。

ここから世界が広がる。
僕は一歩を踏み出す。
その先が崖かレッドカーペットかなんて、
神様でも解りっこないよ。

でも崖っぷちであろうが
レッドカーペットであろうが、
これからは自分の意思であるく。
僕の極端になで肩の背中に
大きな風を受けながら。

あなたが明日も優しくありますように。
あなたが明日もあなたらしくありますように。

LOVE & BEER!

追伸
まるで最終回の様な文章ですが、
このブログはこれからもまだまだ
続きますので、
どうぞよろしくお願いします。