金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第46回

なぜ自己破産したのか?
このブログを読んでくれている方が
一番不思議な点だと思う。

僕自身本当に不思議だ。

僕は理不尽な会社のやり方に
従ううちに1000万円近い借金を
背負わされていたのだ。

24歳の頃、海辺の町にフラフラと
渡り鳥の様に辿り着き、
何の目標もなく始めた
らーめん屋での修業で
らーめんの魅力に取りつかれ、
あれよあれよと言う間に
チャンスを貰って
自分のらーめんを作ることが出来た。

そして僕が作り上げた店は
高い評価をもらい
信者の様な熱い気持ちの
お客様に囲まれ
誰の目から見ても
大成功していた。

その店の店長が、
いつの間にか店から
いなくなっていた・・・。

僕の事だ。

その僕は自己破産をして
親の住む金沢へと引越をしてきた。

この自己破産へと繋がる不思議な
物語を整合性をもって書き進めるには、
詳細な書き起こしが必要と思われた。

なぜブログで僕の自己破産への
物語を書き始めたかについては、
このブログの中で散々説明してきたが、
もう一度書いておきたいと思う。

あらゆる要因が重なって
自己破産をした。
不思議なこの物語は、
僕がいた環境に依る所が
とてつもなく大きかった。
あまりにも理不尽な毎日の
中で僕だけではなく
仲間全員が疲弊していった。
第三者が聞いたら理解できないような
苦しい毎日だった。

ではなぜその毎日を受け入れて来たのか?

一重に僕が、僕たちが、
弱すぎたからだ。

信念が無さすぎた。
理念が無さすぎた。
他人に頼りすぎた。
他人に期待しすぎた。
将来へのビジョンが無さすぎた。
全てが脆弱過ぎたのだ。

そして道半ばで疲弊していった
仲間たちが次々と去っていった。
最初のらーめん屋を立ち上げて
居酒屋を拡張移転した当初の
メンバーで残ったのは僕だけになった。

そして僕は理不尽な会社からの借金を
受け入れてサインをした・・・。

なぜサインをしたのか?
誰もが不思議な点だった。
そこが全て僕の弱さだったのだ。
そしてこの借金~自己破産は、
僕の弱さが招き入れた事だと
今では理解している。

この弱さこそが問題であり、
僕がこのブログを書き進める上で
直視しなくてはいけない事だと
考えていたのだ。

だからここまでの僕のブログは、
僕の失敗談をかなり赤裸々に
語ってきた。
時には暴力的な描写や
曝け出し過ぎる描写が、
後々ラーメン屋を開業するという
目標の邪魔になるのではないかとの
指摘も受けた。

しかし僕は僕の過去を第三者に
曝け出す事で逃げも隠れも出来ない
状況に自分を置き、
ここからの再出発を
約束したかったのだ。

このブログを読んでくれている
皆さんに。
温かい気持ちで僕を送り出して
くれた仲間たちに。
そしてずっとずっと僕の店に
通ってくれた熱い熱い気持ちの
お客様達に・・・。

最初のらーめん屋は4年半の
期間をその場所で過ごした。
そして移転して金沢に
帰って来るまで、
およそ8年に及ぶ時間を
次の場所で過ごした。
この8年間で僕は完全に
心のない泥人形の様に
なってしまった。

僕の感情はこの8年間、
何を感じていたのだろうか?

最初は・・・

何かがおかしい・・・。
あれ?なんだこの違和感?
一体自分は何をしているんだ?

そして・・・

俺はどこで間違えたんだ?
俺は何を求めていたんだ?
本当にしたかった事はなんだったっけ?・・・

やがて・・・・

どこで人生の選択を間違えたのか?
60歳になったら絶対にらーめん屋
としての生き方に後悔するな・・・

いつしか・・・・

全て俺の責任だ・・・
俺が背負わなくてはいけないんだ・・・
俺が悪いんだ・・・
俺が歪んだ人間だからダメなんだ・・・
俺が最低な性質を持った人間だから
俺の責任なんだ・・・

最後は

・・・死んだ方がいいんじゃないか?

自己否定に自己否定を重ね、
僕の心身はバランスを崩し始めた。

そして最後は・・・

何も感じなくなった。

僕にとって何も感じない生き方とは、
本当にしんどい生き方だった。
僕は常に『自己表現』して生きて
行きたかったのだ。
『自己表現』する事は
完全に封印されていた。

このまま一生出口の明かりの見えない
トンネルを全力疾走して
生きていくんだろうな。

このまま一生ゴールのないマラソンを
走り続けるんだろうな。

僕はそんな無感覚な自分に慣れ始めていた。
僕にとって無感覚な人生とは、
生きたまま死んでいる様な状態だった。

そんな僕の感情を
揺り動かす出来事が起こる。

僕はある時期から実家に
仕送りをしていたのだが、
さらに会社と僕の関係が
悪化して僕の給料が激減し、
実家に仕送りが出来なくなった。

その時に会社から
「親と縁を切れ」
との指示が出た。

最初僕は激しく自分を責めた。
親不孝者ですいません!
どら息子ですいません!
ごく潰しですいません!

親の生活の援助も出来ずに、
僕が仕送りを遅れない事で
遠く離れた親が苦しむ事になるなら、
本気で死のうと思った。

それは『死んだように生きる』のではなく、
生命としての『死』という意味だ。

『死』を意識するようになると、
僕の中で怒りが沸いてきた。
本気で死ぬことと直面して
始めて理不尽さを理解し始めたのだ。

「いや、待てよ?
なんで俺が死ななきゃいけない?
誰が喜ぶ?
じゃぁどうする?」

僕は今まで無感覚になっていた
自分の心が激しく動く事を感じた。

そして一番最初に連絡をしたのが、
親友でありIGAZO LIMITEDの
代表である剛だった。

「・・・剛、俺もうダメだわ・・・。
もう頑張れない。
もうこの仕事を辞めたい・・・」

「南、取りあえず会おう」

この連絡から剛は本当に根気よく
僕に付き合ってくれた。

剛は僕の話に延々と付き合ってくれた。

時に酒を飲み、
時に車で連れ出してくれて、
借金を全て背負う覚悟でいた
僕に何度も何度も新しい
一歩を踏み出す決断を促してくれた。

何度も同じ話をしたり、
ちょっとした言葉で
激しく落ち込んだり、
自信を完全に失い、
何に対しても無感動で、
明らかに挙動不審で、
過食から100キロ近く太った
僕は親友の目からみたら
どの様に映っただろうか?

それはそれはとても
醜い男だったと思う。

そして僕は自己破産を決意した。
そもそもが理不尽な借金。
それを受け入れざるを得ない環境。
そしてそれを受け入れてきた
脆弱な自分。
全てと縁を切り人生の再スタートを
切る決意をした。

僕はこの8年間、常に否定され続け、
そして自分を否定して責め続けた。

そんな僕に剛がこう言った。

「お前はバカ!アホ!
そのバカさ加減を
受け止めた方がいい。
俺ならそんな環境、
気が狂って辞めてる」

「南、昔、詩を書いたりミニコミ
作ったりしてたじゃん。
あの南のまんまでいいんだよ。
不器用だけど人間臭い南のまんまで
いいんだよ。
これからは自分を解放するんだ。
そりゃ成長はしなくちゃいけないけど、
自己破産して社会に迷惑をかけている自分と、
自己破産をしなきゃいけなかった自分を
ちゃんと受け止めて、
自分をだして生きて行けよ」

またはこうも言った。

「そもそも俺とか南は
社会不適合なんだよ。
でもそれは悪い事じゃない。
小さな社会のルールに収まるには
パワーがあり過ぎるんだよ。
俺から見たら、人一倍人から
縛られることが苦手な南が
なんで自分から縛られに行ってるのか
全く理解に苦しんだし、
見てて窮屈で仕方なかったぜ。」

剛の言葉に僕の心の中の
固まった永久凍土の様な
部分が世紀を超えて
溶けだした様な思いがした。

そして僕は金沢に帰ってきた。

15年ぶりに・・・。