金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第23回

悪夢を見る。

いつも似たような悪夢を見る。

その内容はシチュエーションは違えど、
いつも自分が否定されて非難される夢だ。
自分を否定してくる人物は
いつも同一人物だ。
否定される内容はいつも違うのだが、
常に否定され続ける。

夢の中で最初はその否定に戦おうとする。
目一杯反論して自分が間違っていない事を
証明しようとするのだが、
相手の理論に押し切られて
徐々にその否定と非難が
正しい事の様に思われてくる。

そしていつの間にか
その否定と非難を受け入れ始め、
自分を責め始める。

自分の責任を取らなくてはいけないと
考え始めた自分は、お金を用意する。

しかしそのお金が自分の果たすべき
責任に対して少なすぎた場合、
労働で返す事になる。

その労働ではなかなか間に合わないから、
寝ないで労働を続けることになる。

毎日毎日不眠で働くのだが、
なかなか責任は果たす事が出来ず、
絶望という名の長く暗いトンネルを
全力疾走し続ける。

そのうち、
どうしてもこの責任は
果たせないものだと気付いた時、
自分に残された選択肢は
『死』しかないと悟る。

いつもそこで目が覚める。

激しい動悸。
全身から噴き出た汗。
起きた直後はまだ意識が夢の中にいる様だ。

「いつ死のう」
「どうやって死のう」
「なんで過労死しないんだろう」
「お母さん、ごめんな」

5、6分ほどしてそこでようやく
気持ちが落ち着き始め、それが
夢だったと気付く。

「・・・金沢に帰ってきたんやった」

僕は基本的にショートスリーパーだ。
基本的には4~5時間くらいが僕の睡眠時間だ。
日によってはもっと短い日もある。
いつも出勤する時間の3時間ほど前に起きて
ストレッチをして本を読んで過ごす。
気分が乗ってくるとトレーニングや散歩に
出かける日もある。
金沢の朝はとても静かだ。
静かな朝の公園を散歩する時間は
祈りに似ている。

頭を空っぽにして静謐な心で
風と空気と対話をする。

自然は何も答えてはくれないが、
その無言の問答の中に
自分だけの真実を見つけ出せそうな
気持ちになれる。

しかし悪夢を見た朝は頭に
靄がかかったような気持ちになり、
どんな言葉も耳に届かなくなる。

朝のニュースも天気予報も、
まるで外国語で話すセールスマンの様だ。

体も重く、仕事の準備にも気持ちが入らない。
髭を剃るのも億劫になってくる。

僕が見続ける悪夢は、海辺の町での
12年間のラーメン屋の大将として
頑張ってきた日々がもたらしている。

良い事もたくさんあった。
感動的な事もたくさんあった。
嬉しい言葉もたくさんあった。
温かい気持ちもたくさんもらった。
僕は幸せな人間の一人として
輝いていたはずだ。

なのに未だに悪夢は僕から去らない。

いつかこの悪夢とさよならをする日は
必ず来ると信じている。
そしてこの悪夢はこの金沢で人々に
喜んでもらえるらーめんを作り、
自分が人々に必要とされ、
認められたらいつの間にか
自然と消えてくれるのでは
ないかと考えている。

今僕に出来る事は
金沢でどのように再起をするのかを、
真剣に、着実に、誠実に、ひたむきに、
考える事だ。

そしてこのブログで過去と
しっかりと対峙をして、
乗り越える事だ。

前置きが長くなりすぎたが、
いよいよ今回から自分が自己破産を
するに至るまでの辻堂での話に入っていく。

26歳から39歳までの物語になるので、
なかなか長い話にはなると思う。

僕も誠実に書いていこうと思うので、
皆さんも気長に付き合っていただけたら
嬉しく思います。

 

 

僕は修業先を退職した。
その内容はブログ第11回から18回までの
『修業時代』シリーズで書いた。
その内容にあるように、僕はあまり
良い辞め方をしなかった。

修業と言っても2年と半年ほどだ。
正直な話、半人前だった。
ただ、勢いに任せて辞めてしまったため、
次の事など全く考えてはいなかった。
その頃、僕の遊び癖はいよいよ激しくなり、
F市のあらゆる飲み屋で散財をしていた。

修業を始めた時にコツコツと続けていた
貯金などとっくにしなくなっていた。

無頼派気取りで有り金を使い切る様な
毎日だったのだ。

僕は一人アパートで
この先どうするかを考えていた。
新しい店で修業をし直すチャンスだったし、
修業先での仕事に物足りなさも感じて
いたからちょうどいいと思っていた。

実際、ちょうどその頃に雑誌で注目を
集めていた地元の某有名店の求人を
見つけて電話をした事もあった。
しかしたまたま、誰も出なかったのだ。
僕は「またかけなおすかぁ・・・」と
軽い気持ちで携帯電話を放り投げて
部屋に寝転んでいた。

だらだらしていたい、
あまり働きたくない、
という気持ちもあった。
お金はなかったが、不思議と焦りもなかった。

「どうにかなるやろ・・・」

持ち前のいい加減さと無頼な気持ちで
急いで就職しなくてもいいかな、
なんて考えていたのだ。

人生は不思議だ。

もしあの日、
某有名店が僕のかけた電話に出てくれて、
面接の約束をもらえて、
そのまま就職していたら
今頃どうなっていただろう?

全く想像がつかない。

人生の分水嶺とは、
得てしてこの様に無意識下の元に
訪れているのかも知れない。

「ま、飲みに行くか!」

僕は何も考えずにいつもの
遊び癖のままにとある
居酒屋に向かった。

それがブログ第13回で登場した
Aさんの居酒屋だった。

この夜から僕の海辺の町での生活は
大きく音を立てて回転をし始めた。

それは僕の名前を地元界隈で有名に
するほどの栄光への回転でもあったが、
自己破産を含む挫折への
回転の第一歩でもあった。

以下、次回に続く。