金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第21回

今日からブログのタイトル変えます。

これからも変わる可能性ありですが。

『崖っぷちブログ』は
「崖っぷちから這い上がる!」
という気持ちで命名しましたが、
崖っぷちなのは当たり前で、
そこから上がってなんぼやん?
って気持ちで変えました。

もちろん、
ラグビー日本代表南アフリカ
勝った事が影響してます。

もう少しだけラグビーの話します。
どうぞお付き合いください。

ラグビー日本代表がW杯の初戦で
南アフリカに勝利をした。
これがいかに凄い事か、
僕がここで言葉を
尽くして語る事は意味をなさない。
ラグビー日本代表は勝った。
そして戦いは続く。
明日は強豪スコットランド戦だ。

ここからまた僕自身の話をさせてもらう。

僕は中学一年生でラグビーを始めた。
ラグビーを始めた理由はとても消極的だ。

僕は小学生の頃、野球をしていた。
たまたま僕の所属している
チームが強かった。
ついでに、隣の小学校も強かった。
その二つのチームが一つになるのだから、
僕の進学する中学は野球が強かった。

・・・僕は中学では野球でレギュラーを
取れない事は大前提だった。

そもそも野球がそれほど
好きではなかった。(阪神タイガース
好きだったが)
なぜ野球をやっていたか?
答えは簡単だ。
仲のいい友達がみんな野球を
やっていたからだ。

僕は中学でもスポーツをしたいと
思っていたが、野球だけは
やりたくなかった。

そんな時に理科を担当していた
先生にラグビーに誘われた。
その名はS先生。

生徒からは『ゴンゾー』と
呼ばれる人気の先生だった。

「南、お前、今日来いよ」
「あ、はい・・・」

それだけだった。

当時の僕の中学の先輩たちは
『ワル』
かった。

その『悪い』先輩たちがこぞって
ラグビー部に入っていた。
そもそも弱虫で泣き虫な僕は
修学院中学ラグビー部とは
対極にいる人間だったのだ。

僕はたまたま、でかかった。
中学一年生で170センチ近かったと思う。
それだけの理由で誘われた。
ついでに野球を続ける自信はない。
暇だからラグビー部の練習に
仮入部に行ったのだ。

僕はその日のうちにラグビー
魅力に魅了された。

サッカーやバスケの様に
ドルブルもいらない。
バレーボールの様に
レシーブもトスもいらない。
何といっても野球の様に
あのちっこいボールを追いかける
必要がない。

胸にボールを抱えて真っ直ぐ
走れば褒められるのだ。

まだ体力のない僕がボールを
胸に抱えてドラマでしか
見た事のないタックルバッグに
ぶつかりに行く。
そうすると先輩が耳元で囁く。

「おう。お前、センスあるやんけ・・・」

それが部員勧誘の為のおだての言葉だとは
気付かずうぶな僕は
「え?ほんまですか?」
と、その時点で入部を決める。

なにしろそれまでスポーツで
褒められた事などないのだ。
12歳の少年南大祐はそれだけで
有頂天だった。

僕はその日の練習が終わったその足で
S(ゴンゾー)先生に
「僕、入部します!」
と伝えた。
先生からすれば
「しめしめ、この迷える子羊が・・・」
という気持ちだったろう。

当時の修学院中学ラグビー部の
はちゃめちゃさはこのブログで
書くかどうかは別にして、
(一部の先輩からは、書け!
と命令が来るかも知れないが)
ラグビーはとても魅力的で僕の胸を
とらえて離さなかった。

僕がラグビーを始めた13歳の時、
日本代表がスコットランド代表に勝った。
僕は勝手に運命を感じていた。

その時のフィフティーンは今でも僕の
ヒーローだ。

中でも『ロック』というポジションを
勤めていた林選手と大八木選手は
僕のヒーローだった。

ロックこそラグビーを体現している。

チームで一番長身で一番肉体の強い選手が
勤めるポジションだ。
その役割は、ラインアウトでの空中戦での
ボールの奪い合い。
密集でのボールのもぎ取りあい。
味方の選手が敵にタックルされた時に
一番に助けに行き、味方の選手が
心ないラフプレーで傷つけられた時に
体を張って報復(言葉は悪いが)するのも、
ロックの務めだ。

だから、女の子には
キャーキャーは言われない。

「あんた、試合出てた?」

などとクラスで一番の美少女に
心ない言葉を投げかけられるのも、
ロックだ。(大げさに言ってます。
すいません。が、実体験です)

しかしロックが身を呈してチームを
支えるからこそ、そのチームは強い。
だからロックは縁の下の力持ちである
自らのポジションに誇りを持っている。

僕はロックとフランカーという
ポジションを兼任した。
どちらのポジションを勤めても、
中途半端な選手だったと思う。

それでも相手選手ともみくちゃに
なりながらボールを奪い合う
場面は本当に充実していた。

あんなに充実していて
チームから必要とされる事は、
その後ラーメン屋としてお客様から
喜んでもらえる日までなかった
のではないだろうか?

ラグビーは自分が目立たなくても
自分の生きがいとやりがいを教えて
くれるスポーツだ。

僕は今回のW杯では大野均選手と
トンプソンルーク選手に期待を寄せている。

日本のロック陣は世界から見ると
小さくて弱いかも知れない。

しかし南アフリカ戦で見せたように、
最前線で体を張ってチームに貢献した。

明日のスコットランド戦では大野選手は
ベンチ入りから外れたが、精神的な
支えは変わらない。
いつだって日本代表はみんなで一つだ。

僕もこれからの再起をかける人生で、
派手な主役でなくていいから、
少しでも誰かを笑顔に出来る
仕事がしたいと思う。

明日、日本代表が素晴らしい
パフォーマンスを見せてくれたら、
僕だけじゃないたくさんの人が
強い勇気を持つ事だと思う。

だから僕たちは
ひたすら
祈って
応援しよう!

中学一年生でラグビーを始めた時、
日本代表がスコットランドに勝利した。

27歳でらーめん屋をオープンした時、
阪神タイガースが18年ぶりにセ・リーグ
制した。

そして、今年、僕が金沢に帰ってきた年に
日本代表が南アフリカに勝った。

そしてまだまだ胸を熱くする
戦いが続くだろう。

僕は大きな勇気をもらって前に進む!

明日もあなたが優しくありますように。
明日もあなたがあなたらしくありますように。

LOVE&BEER!

ono大野均

大好きな大野選手です。