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金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第13回

店での役割も収入も増え始めた頃、
僕は今まで得た事のなかった
充実感を感じ始めていた。

自分が夢中になれる仕事をして、
それでいて周りから必要とされ、
一人暮らしの身には多いくらいの
収入をもらえるなんて思っても
みなかったのだ。

僕は満たされていた、といえば
聞こえがいいが、もっと解りやすく
言えば『調子に乗り始めた』のだった。

今まで大人しく生活していたのが
急に物足りなくなってきたのだ。
たった一年、
それも店の中での立場が少し上がっただけだ。
個人的にも社会的にも何も
達成していないにも関わらず、だ。

その頃から様々な飲み屋に行っては
知りあいを増やし、
飲み歩く事が多くなった。

地元のどこの店にいっても
「大ちゃん、大ちゃん」
と声をかけられ、
僕の携帯電話は毎晩
お酒のお誘いの電話やメールが
頻繁に入るようになった。

今振り返ると、
あの時期はなんだったのだろうと
思う事がある。
享楽的で刹那的な喜びを求める毎日だった。
金沢で過ごした19歳~24歳の頃の
ケンカ騒ぎや怒鳴りあいや涙を流すほどの
契りの深い吞み会とは全く違った日々。

僕は地元の夜で散財するようになる。

その時期、一つの出会いが訪れる。
僕の人生を大きく左右する出会いになった。

その方は地元で
小さな居酒屋を営んでいたAさんだ。
(今でも健在なのだが、
僕とはもう繋がりのない方や
現存する会社もあるので、
イニシャルで書かさせていただく)

Aさんは後々
僕に大きなチャンスをくれる事になる。
そして、納得のいかない別れが訪れる事になる。

もう10年近く会ってない事になるが、
今でも顔を会わせると
お互いに話す事もなく
気まずい思いをするのではないかと思う。

だが、はっきりとここに書いておく。
まだ僕とAさんとのエピソードの一つも
書いていないから読んでくれている
人からしたら何の事かも判らないと
思うが、書いておく。

僕はずっとAさんに感謝をしている。
色んな事があった。
納得のいかないも事あった。
それでもAさんは僕に大きな
チャンスをくれた。

あのチャンスがあったからこそ、
僕はラーメン屋になれた。
本当に感謝をしている。

その気持ちを先に
皆さんに知っておいて貰ったうえで、
これからの投稿を読んで頂たい。

 

僕は地元に数ある飲み屋の中でも
Aさんの居酒屋に一番多く通った。
多い時で週に7日、つまり毎日入り浸って
いたのではないだろうか。
Aさんはとにかく魅力的だった。
丸刈りで169センチくらいの身長で
少し太り気味。
太い眉毛に意思の強そうな力強い
眼差し。
どこかコミカルで親しみやすい
ルックスで、話し上手で盛り上げ上手。
迷いのない発言や天才的なひらめきに
僕は一気に魅了された。

『こんな人物には出会った事がない!』

そう思った僕はAさんの話を少しでも
聞くためにその店に通う事になる。
ついでに、客がいる限り朝になろうが
閉店しない、というスタンスも
夜中遅くに仕事から地元へと
帰ってくる僕にとって有難かった。

そこではたくさんの出会いがあった。
後々一緒に仕事をする事になって
共に苦しい思いをした仲間や、
僕が地元を離れる最後の日に駅まで
見送りにきてくれたしげちゃんも
Aさんの店で知り合った。

この頃の事を思い出すと楽しい
思い出しか思い出せない。
Aさん主催の元、スノーボード
富士急ハイランドに出かけたり、
僕たちはAさんを中心にして動いていた。

そんななか、いつものメンバーで飲んだり
会話をしている中でこんな会話が生まれる。

『いつかみんなで仕事をしよう』

当時の発言がどこまで本気だったのかは
もう誰にも解らない。
ただ、金沢から流れ着いた僕にとって、
K県でみつけた居場所の中で繋がりや
連帯感を感じさせるそうした言葉は、
とても心地よかった事は確かだ。

だが当時僕は何を考えていたのかというと、

『一日でも早く自分のらーめんを作りたい』

という事で、独立するとか経営者になる等と
いう目標は全く考えてもいなかった。

子供が俺はサッカーがしたい!俺はドッヂ
ボールがしたい!と主張ばかりする事に
似ている。
25歳になってやっと見つけた
らーめんという道。

その道を進み続ける先に何があるのか?
僕はどのようにその道を進みたいのか?を
僕は全くイメージ出来ていなかったのだ。
らーめんが作れれば、ただそれだけでいい、
目標も夢もなく、ただただ自分のおもちゃで
自分の世界の中だけで完結している、
そういう幼い生き方をしていた。

Aさんの言った

『いつか一緒に仕事をしよう』

その言葉に信憑性なんてなくてよかった。
僕はただぼんやりとしたまるでぬるい風呂の
様な安心感の中で浸っているだけで
充分だったのだ。

この僕の幼さが自己破産へとつながる遠因で
ある事は、この時は全く解っていない。

以下、次回に続きます。