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金澤流麺物語

金澤流麺らーめん南の店長南大祐の独白ブログです。こちらは営業内容やらーめんそのものとは関係のない日常的な話や、店長の趣味格好などを書いていくブログです。

金澤流麺物語 第11回

このブログは
前回のダイエット宣言の様に
現在進行形の内容と、
過去から現在までの流れを
同時に書いていきたいと思っている。

ここからは実際にラーメン屋として
働きだした話を書いていきたい。
ブログの第一回目で書いているように、
僕は自己破産をした。
自分が作り上げた店は今も現存している
にも関わらず、だ。

その点はずっと読んでくれている方も
少し首を捻るような、
少し不思議な話だと思う。

言い訳をしようと思えばいくらでも出来る。

しかし僕は現実として自己破産を選択した。
そこには『自己破産』という選択を
せざるを得なかった自分の弱さや
だらしなさ、失敗がある。

もしかするとまだ自分でも気付けていない
自分の悪い性質が隠れているかも
知れない。

それを読んでくれている人に曝け出して、
逃げも隠れも出来な状況で、
自分と向き合いたい。

どうぞよろしくお願いします。

144153326088壱八家時代

 

写真は修業先のラーメン屋で僕が
チャーシューのボイル状況を
確認している写真だ。
この頃24歳。
当時はデジカメもスマホもなく、
神奈川県に来てからスナップ写真も
撮らなくなったので、驚くほどに
当時の写真がない。

僕はラーメン屋に入ったものの、
はっきり言って全くやる気はなかった。
初めての飲食業で戸惑っていたのもある。

それ以上に食費を浮かすために
なんとなく始めた仕事だから

『ラーメン屋として食っていく』

なんて覚悟はまるでなかった。

修業先での仕事で一番大変だったのは

『オーダーを丸暗記する』

ということだった。
どれだけやってもなかなか出来ない。
「こんなもん必要あんのか?」
等と思っていた。
そもそもやる気がない上に、仕事が
なかなか覚えられない。
それまでの自分だったら投げ出して
逃げ出しそうな状況でなぜ続けたか?
と聞かれたら、ひとえに
「仕事出来ない奴って馬鹿にされたくない」
という気持ちだった。
先輩や店長に怒られる度に
思い浮かべたのは、金沢で引越屋で
ともに働いた仲間の事だった。

あの、やんちゃで血の気が多くて
毎日が暴走族の集会みたいだった日々。
当時の事は決して褒められた物ではない。
でもみんなの事を思うと
「負けられない」
「あいつらだったらもっとやりよる」
そう思って仕事を続けていた。
そうしている間に入って二カ月で
ランチタイムを任せてもらえる事になった。
これは異例のスピードでの
抜擢だったらしい。

任せられる人がいない、
というのもあったかもしれない。
それでも認めてもらえる事は嬉しくて、
それはもう張り切って働いた。
自分よりもキャリアの長いアルバイト達に
指示を出しながら、店を任される時間も
少しずつ増えていった。

ランチタイムを任せてもらえるように
なって半年くらいした頃だろうか。
今ではもう顔も思い出せないが、
いつもランチタイムに来てくれていた
男性の常連の方がある日僕にこう言った。

「お前が作ってる時が一番うめえよ。
元気だしよ。見てて気持ちいいよ」

生まれて初めて『仕事』でお客様に
褒められた瞬間かも知れない。

ずっと音楽が好きでロックバンドを
やったりしていた。
自分には音楽の才能がないと
そうそうに諦めていたが、それでも
ロックが大好きだった。

だから僕はこの時・・・

とんでもなくクサイ事を
言うけど・・・

僕は『らーめん』を自分にとっての

『ロックンロール』

にしようと思ったんだ。

嘘でもいいし、勘違いでもいいから、
これをで運天職で運命だって信じよう、って。

男なんていつだって、
青臭いくらいでちょうどいい。
無邪気なくらいでちょうどいい。
夢見がちで構わない。

この日に僕は

『ラーメン屋で生きていこう』

って決めたんだ。

もう顔も思い出せないあのお客様。
こんな些細な事で人の気持ちって
影響される。
気持ちが変わるから、人生が変わる。
あのお客様が僕の人生にきっかけを
与えたといっても
言い過ぎなんかじゃない。

僕もいつかは誰かの背中を押して
あげれるような存在になりたい。
今はまだまだあがいてるけど、
いつかはきっと。

今日もあなたが優しくありますように。
今日もあなたがあなたらしくありますように。

LOVE&BEER!